FC2ブログ

プロフィール

きなんぽ

Author:きなんぽ
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

ブロとも一覧

カウンター

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR

終活に向けて第一弾

CIMG1665_2018051009185062d.jpg
この4か月間に3度の入退院を繰り返しすっかり体力に自信のない事を実感した親父はついに全ての事業を停止する事にきめました。二日前にも熱が出て夜間病院を受診した親父は院長からその危機的な状況を聞かされDrや病院スタッフの献身的な看病により奇跡の復活をとげた事を知らされたのです。そしてこのままでは駄目だ!命を取るか仕事を取るか?極端にいうとそのような事を言われ決意したのです。その終活の第一弾が閉店なのです。商店は亡き親父が昭和26年頃漁師として働きながら操業し夜はイカ釣り漁師をしながら日中はイカ釣り針を作るなどして苦労して築き上げ商店なので閉店は悲しい、残念な事もあるでしょうがあるでしょうが時代の流れで仕方のない事なのかもしれません。CIMG1666.jpg
思い出に残る当時の店はバラック作りの家に店の引き戸をつけただけのオンボロ小屋で親父小学校行か言っていないかの低学年の頃で家の前の砂浜に米軍の大型上陸用艦船が接岸しドラム缶を大量に揚陸しそれを警備するため米軍が拳銃を持って警備し夜になると米軍が〆ている玄関をどんどんと叩き引き戸を開けるとて手を丸めグッイと飲む真似をするので母親が水かと思い茶碗に水を入れて差し出すと違うというしぐさをし立ち去った記憶が今も鮮明に覚えています。当時の漁船のエンジンが小馬力の焼玉エンジンだったころ米軍の上陸用舟艇はデーゼルエンジンで黒い煙を上げ軽快に走る姿をみて当時の大人たちがこれだもの戦争に勝てないよなあといっていたのも思いだされます。多分アルコールが欲しくて立ち寄ったのだと思うのですが米兵は拳銃をもっていて小学生が興味を示すと持たせてくれてその重さに驚いた記憶があります。そうした過去の記憶が読み返りますが時代の流れ逆らう事はできません。多分親父も解かってくれると思います。
スポンサーサイト

<< 甥っ子の子からの手紙 | ホーム | 特大桜マス >>


コメント

親父様、長い間お疲れさまでした。そしてお世話になりました。まだ完全閉店まで日数あるかと思いますが、お疲れ様だされませんように。
そうですよね。私の両親と同年代ですもんね。お体大事にしてくださいね。

遠い、島根県からお礼を言わせて頂きます。

こうしてまた、俺たちの育ってきた谷地地区から俺たちの育った昭和がひとつ消えて行くんだね。万感の思いです‼

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 ホーム