FC2ブログ

プロフィール

きなんぽ

Author:きなんぽ
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

ブロとも一覧

カウンター

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR

飛鳥Ⅱと横浜・東京ミニクルーズの旅

P1040158.jpg
道南うみ街信用金庫誕生記念積み立て旅行として計画された函館発横浜・東京4日間旅行の日程が決まりこの度説明会が開催されました。無職になり船好きのキナンポ親父はパンフを見るなり即申し込み、毎月10,000円36回払いの最中なのです。
’29年9月6日から9月9日までの4日間なのですが2泊は船中泊で後一泊は今なにかと話題のホテルニューオータニでの記念パーティという親父にしては豪華な旅なのです。特に2泊の船中泊というのもたまらない魅力です。日本が誇る飛鳥Ⅱという豪華客船の船内生活も魅力の一つなのですが親父はデッキでゆったりとして昼間から缶ビールを飲みながらただ海を見つめ陸のことは忘れ、まったりした時間を過ごしたいと思っているのです。一度船に乗ったら次の目的地に着くまで途中で降りることは出来ませんし多分どんな重大な事があっても陸上と違いキャンセルして帰ることは出来ないのですから。
P1040155.jpg
そしてこの旅に使用される飛鳥Ⅱは日本船籍では最大だそうで’20年にはマレーシアまで行き船内をリニューアルしてくるそうです。総トン数は約5万トン全長240mもありデッキは親父のリハビリ用ウオーキングには最適?でしょう。健康面に若干の不安がある親父の質問には船内には日本人医師が一名と看護師が2名乗船しているそうです。わざわざ日本人医師と説明する辺りの郵船クルーズ㈱の職員の説明に安堵する親父でした。道南うみ街信金は過疎の進む檜山から函館圏の渡島に進出した檜山では数少ない優良企業なのです。そして江差信金と函館信金が合併し道南うみ街信用金庫となったのです。親父以前レンタカーを営業していた頃日経新聞社の社員?の頼まれ奥尻ワイナリーの限定ワインを買い送った際振込み先口座を聞かれ道南いみ街信金と答えたところ随分素敵な名前ですね!と言われた事を思い出します。そして船好き、海好きの親父にとっては最適な企画でありベストマッチングだったのです。帰りは新幹線か飛行機を選択することができさらに東京スカイツリー見学後に飛行機という帰路の設定されているのです。親父はスカイツリーはお金をやるから見学しようと言われても断固拒否です。百万円やると言われば足は振るえまくり歩くことは出来ずお漏らしして恥ずかしさに耐えながら頑張るか考えます。
P1040152.jpg
豪華な船内の案内図ですがドレスコードはカジュアルだそうでキナンポ親父は一安心です。無職になり葬祭にも出席しなくなった親父はネクタイの締め方も忘れ体型に合う背広もないのです。ないないづくしの田舎者なのですがちょうどこの時期は210日といわれる台風シーズンなのです。Hさんの娘さんが小学生の時青少年の船でグアム?かサイパン?へ行った時、時化に会い同室の皆さんが船酔いしご飯が食べられない時、船酔いしない娘さんはおにぎりを配達して歩き同室の皆さんから羨望の眼差しで見られ感謝されたそうです。親父はどのような大時化に耐えられますので援助できると思いますが外国の客船に乗った人の話しでは大きく揺れるそうで親父の未体験ゾーンです。募集人数は650人だそうでこれ以上人数が増えると旅行代金は安くなる可能性があるそうで人数が募集人数以下でも旅行代金は変わらないそうです。ですから道南圏内の皆さんどしどし参加してください。650人の旅行者に対し乗組員は約470人もいるそうで親父の出番は杞憂に終わりそうです。
スポンサーサイト



島にも風力発電が!

P1040136.jpg
島にも目立った変化がありました。自宅と函館の病院との往復ぐらいしか行動範囲がなかったキナンポ親父ですがもう大鷲が来ていろ頃だろうと思い稲穂まで足を延ばしたところ風力発電タワーが4基建っているのを発見しました。夏に稲穂まで行った時に何か基礎工事をしているのは見たのですが気にも留めていなかったのです。現場は奥尻方面から行って稲穂岬灯台を回り民宿稲穂さんを過ぎ郷土資料館(旧稲穂小学校)の手前の所です。親父北海道道の駅巡りのときどこの町に行っても太陽光、風力発電がありそれが広い北海道の雄大な景色にマッチしていて、進んでいるなあ!と関心していたのです。親父の今の知見ではどこの事業者がこの発電をしているのか?公営なのか民間なのか?分かりませんが良いことではないか?と思うのです。親父実は奥尻中学校が統合されることになり10、000M2近い土地が返還されることになりその跡地の利用を考えていた時期があったのです。その頃京都在住の著名な建築家とひょっとした事で知り合いになり、跡地の有効利用について知恵をお借りしたのです。そして現地を見て太陽の日照時間を聞き東西を聞き直ぐに在京の代議士秘書に連絡をとってくれたのです。そして後日秘書の方から電話があり直ぐ近くの電柱番号を調べて報告してくれと言うのです。今は電柱番号さえ分かれば電力会社は近隣の様子が直ぐ分かるのだそうです。凄い恐ろしいような成熟された?社会になっているのですね。そしてしばらくして来た連絡はこの場所での太陽光発電は北電では買い取るとこが出来ないということだったのです。理由は島の電力は島の発電で十分に間に合い余剰電力は島の外に運びだすことは出来ないからというのです。島と北海道間は海底電線がなく(だから北海道が地震でブラックアウトの時も停電は避けるることができた)からというのが理由だったのです。その後の社会情勢の環境問題への取り組みで変化も現れていますが、小泉環境大臣も世界から皮肉られ日本の次世代のホープも限界を露出しています。そして各種補助金を受けられない場合の概算の金額を聞いた所約3億円ぐらい最低必要だというのです。とてもキナンポ親父の手に負える金額ではなく親父に3千万円の生命保険をかけて親父を10人殺さなければ成らない金額です。それとも親父が過去に奪った府中刑務所前での3億円を出して使用するかの問題ですが、もし使用すれば親父が真犯人ということになり刑法では時効?ですが?では逮捕される可能性があるので使用できないのです。当時の社会が今のように環境に負荷のかけない社会を目指そうという事であれば太陽光発電も可能だったかもしれません。そしたら今の奥尻パークゴルフ場は存在しなかったかもしれないのです。風力発電、太陽光発電、そして地熱発電と奥尻島は世界で最先端の環境にやさしい島になっていたのかもしれません?
P1040138.jpg
稲穂地区に設置された小型の風力発電機ですがこの形は道南各地で見られるものと同じ型で多分大量に生産され信頼されているのでしょう。塔自体のそんなに高いものではなくこれなら野鳥への被害もある程度は防げる?のではと推測されます。先日の暴風の際上の国町にある巨大な風力発電のプロペラ?が折れてニュースになっていましたが、このクラスなら素人考えですが西海岸の強風にも耐えられそうです。伝え聞くところによると北海道の檜山海岸一帯に巨大風力発電林立する計画もあるとか?先発後進地域の檜山、超過疎化進行する檜山が発展するラストチャンス?かもしれません。
P1040144.jpg
そして横道にそれましたが今回の稲穂行きの目的だった大鷲ですが上空には三羽がゆっくりと舞い海岸には岩の上で周囲を窺う大鷲がいました。大鷲はたいてい番でいると言われているのですが近くにはまだ大鷲がいるのでしょう。デジカメのため上空に舞う大鷲は撮れませんでしたが海岸の大鷲はこのように直ぐ近くで撮ることができます。20倍のデジカメでもこのように撮ることが出来るのですから島は恵まれた環境の中にあるのでしょう。しかし不思議な光景が?鳥類の頂点にいるはずの大鷲が二羽のカラスに追いかけられているのです。大鷲がカラスを攻撃したら多分一撃だと思うのですが大鷲が遊んでやっているのでしょうか?それともどこかの家庭のようにかか?天下なのでしょうか?
P1040145.jpg
雪の中寒そうですが親父のデジカメを持つ手も震えています。やはり三脚が必要ですね。

日中のいか漁

P1040134.jpg
山が崎海岸から見た12時頃のイカ漁の様子です。12月に入り針降ろしが午前10時からと決められイカ漁の皆さんは10時過ぎに出漁し漁探で反応を探しながらこのようにイカ釣りをしています。海岸からもデジカメでこの用に撮ることができますので本当に直ぐ目の前なのです。画像を良くみればイカ釣り針が連なっているのが見えると思います。潮を吹いていないのでここでの釣果は無かったのかも?そして聞いたところによれば11月のイカは漁体が大きく良いイカだったみたいですが最近は漁体が小さくなったそうです。
P1040133.jpg
そして朝家内が雪かきをしていると同級生のI さんが軽トラでやって来て一箱置いていったそうです。久しぶりのイカに喜び開けて見ると30尾入れで漁体はやはり小型です。島周辺の魚群が入れ替り小型の魚群が島の周囲に入ってきたのでしょう。そして昨日はイカ漁をしているのは日中だけで夕方にはほとんどの漁船が帰港していました。それでも水揚げは大漁ではないものの少しはあるみたいで今日聞いた話では木箱で4,000円ハッポーで2,000円位ではないか?との話です。不漁の割りには安いような気がしますがどこか大漁(新聞ではは知床の網が大漁)のところがあるのでしょうか?和尚はこの位の小型のイカがやわらかくて甘味があり大好きなのです。I さんありがとうございました。病の身の上とても食べ切れませんので残りはソイ釣り、鱈釣り用の餌さに使わせていただきます。リハビリの効果が出て再び強い海の老人になれたら?の話ですけども!

船底掃除

P1040119.jpg
藤壷が付着し汚れ巻くっていた船首下の様子ですが、白い色したのが全て藤壷ですが過去一度もこのような惨状になったことはありません。このような状態ですからエンジンに負担がかかり速度は出ないにもかかわらず軽油の消費量ばかり増えていたのです。藤壷をスクレイパーで剥がすと黒の船底塗料のの部分だけが剥げ落ち白い船体部分に白いガラス繊維状の後がついているのです。ひょっとするとこの状態が最悪の一歩手前の状態ではないか?と思ったのです。この状態が長く続くと船体の材質のFRPの表面に塗ったゲルコートを破り海水をFRP部分にも浸透させFRP(強化プラスチック)を膨張させ腐食させてしまう?からなのです。FRPにとって最悪の強敵なのです。例えれば煩悩を絶ち修行中の宝命和尚の前に立ちはだかる小島芳雄?さんの漫画のグラマーなセクシーな女性のようなものです(笑い)
P1040130.jpg
そして洗浄後の船首の様子ですがまず洗浄前にスクレッパーで藤壷を剥がした後が右側の状態で藤壷は剥がされてありませんが緑色の乾燥した苔、藻?が見えています。左側船首には白くなった部分がみえますがこれが藤壷が船体に付着し船底塗料の部分に侵食し船体のゲルコート部分なのです。船底塗料自体が貝類の付着を防ぐ特殊な剤質の塗料でかなり厚く塗られているのですがそれを破って船体にまで到達しているのです。かなり以前までは人体の生殖機能に異常をもたらすと言われるすずが用意られていたのですが現在ですず化合物が禁止されていてより安全な船底塗料になって防汚効果も良くなっているそうです。そして和尚が船を上架してから毎日寝ないで考えていたのがこれでした。
P1040131.jpg
家庭用洗車機を洗船機として利用できないか?と毎日考えていたのです。奥尻港にある上架施設を使えば船体を洗う強力なポンプがついているのですが、この施設を使えば船台に春まで船を置いておくことは出来ない為和尚の場合は赤石漁港に上架する方法以外なかったのです。通常なら藤壷をそぎ落とした後スポンジかケミカル材質のたわしで船底をこすって綺麗にするのですがそれでは要介護の和尚にとっては拷問を受けるような苦役です。そして洗車の取説を探しだし読んでみるとなんとか水道水以外からも出来そうです。そしてパークゴルフ場のために用意していたポリタンクに水を入れそこから洗車機にホースで繋ぎスイッチをONにしますが水はでません。そして和尚はユニセフが発展途上国で井戸を掘り綺麗な水を供給している映像を見て呼び水と言われる場面を思いだします。そうだ呼び水だと思い洗車機のホースをポリタンクの中に入れ空気をパイプから排出し洗車機に接続します。そしてスチッチをONにしますと水はチョロチョロですがとても船体を洗うだけの圧力はありません。そこでまたない頭を使って考えます。モーターが回っているということは電気が来ているから原因は?と考えます。するとコンセントのある場所から電気リールを二つ繋いで電気が来ているので総延長は80m近いので電気がロス?しているのではないかと考え、長いほうの電気リール一個だけにしてスチッチをONにするとなんと勢いよく水が飛び出すではありませんか?
P1040128.jpg
ラダーを洗っている状態ですが着ている服は跳ね返る水でびしょ濡れですが和尚実は船で着るカッパは持ち合わせていないのです。海の諺に晴れていても雨支度と教習でも習うのですが和尚の場合はもし雨が降ったらキャビンにのがれ愛艇(海響)が波をかぶるような海況では到底釣りなど出来ないと思いこんでいるので雨具は用意していなかったのです。最近では漁業者でもカラフルなおしゃれなカッパがあるようなので用意しなくてはなりません。
P1040125.jpg
そしてスクリューに絡まっていたロープですが事なきを得たみたいです。スクリューの手前に円盤状のステンレスのものが見えますがこれがロープカッターといいアメリカ製のもので和尚一番最初に装備したものなのです。和尚の船のようなシャフト船の船尾形状はこのようにロープ、魚網がスクリューに巻きつくことが最大の難敵なのです。そうなった場合は船尾のハッチを開けロープ切り用の釜のような物でロープなり魚網を切らなければならないのです。走行中ロープが絡まったりした時の衝撃は強力で前にツンノメルような状態になります。和尚も昔ゴンタ釣りをしていて室津島近くで切れた魚網に引っ掛かり難儀した覚えがあります。皆さん海にゴミを捨てるのは厳禁ですよ。そういう和尚も20年ぐらいまでは平気でポイ捨てしていて反対にカッコ良いと思っていた時代もあったのですから今考えてみると恥ずかしい限りです。

上架 成功

P1040106.jpg
寒風が吹きフエリーも欠航した12日午後一時から我が愛艇(海響)の上架が行われ、さすがプロ集団?強風にもかかわらず予定通り行われ無事成功しました。強い西風が吹き難儀するのでは?と思っていたのですが手伝いの人達も怪我することなく終わりほっとしています。これで次3月頃船を浮かべる時まで大時化の時化繋ぎの心配もなく、重い濡れ雪が降っても転覆の心配もなく安心して過ごすことができます。実を言うと岸壁と船の船弦の高さに高低差があると和尚船に飛び乗ることが出来ず困り果てていた(このような時は家内が船に飛び乗り除雪をしていた)のです。身体能力も家内以下だった(以前はPetジュースのキャップも開けることはできなかった)のです。最近はリハビリの成果が若干目に見えてきて強い海の男?復活の兆しが見えてきたのです。しかしこの寒さに和尚の体は凍えてしまい満足な手伝いが出来なく終わってしまいました。
P1040104.jpg
こうした状況の中最強の活躍を見せたのが和尚が何から何までお世話になっているHさんで、その身軽さと潜在能力の高さですべてを取り仕切ります。まさに最強の助っ人です。和尚はこのような状態でも船から岸壁に一人で下りることは出来ず岸壁にいる人の手をつかまなければ降りれないのです。和尚の軟弱ぶりが理解できると思います。ですから今年和尚がぶりや黒い魚を大漁したという噂が流れたときも和尚はただ船長をしていただけで釣り上げたのは同乗者だったのです。現在なら10キロのぶりでも船上に上げることは無理で反対に海中に引きずり込まれるでしょう!今日から三ヶ月間雨にも雪にも暴風にも負けずリハビリに励み脳梗塞前の状態まで復活させるん事が目標です。
P1040114.jpg
一年半以上港内にあったラダーとスクリュウの状態です。今まで上架した中で最悪の状態で藤壷の上に藤壷が重なりあい、スクリュウにも藤壷が付きスクリュウの根元には切れた魚網が絡まり最悪中の最悪の惨状でした。ですからエンジンも回らず速度も出ずその上軽油の燃費も悪く軽油だけ激減りする状態だったのです。ですから漁業者は必ず年に一度は上架し船底掃除をするのです。稼動日数が格段に多いプロでも年に一度は整備するのですから稼動日数が少ない和尚の場合は年に二度ぐらい上架するのが理想でしょう。今年の場合は海響の上架する順番になり上架設備のワイヤーが切れて使用不能になると言った特殊事情があったと言え最低年に一度上架しなければ船体の安全は保てないでしょう。良い反省材料になりました。ラダー、スクリュウの亜鉛がまだ残っていたのせめてもの救いです。明日からはヒハビリを兼ね藤壺落としに励みます。

海響の上架準備

P1040100.jpg
上架の為赤石漁港に回航され一時係留されている我が愛艇(海響)ですが、和尚の体力的な問題の為冬期間は操業が無理な為春まで陸上保管することになりました。現在係留している奥尻港は地方港湾でどこにでも上架して保管することはできずその為前回もお世話になった赤石漁港の管理者にお願いし上架の許可を快く頂いたのです。奥尻港の立派な上架施設も故障箇所がようやく直り簡単に上架する事が出来るのですが、長期間上架する為には船を移動させねばならず、和尚その移動方法が分からないのです。そして船を移動させる為には多数の手伝う人が必要みたいで船を移動する現場を見た事がないのです。船体に布製の太いベルトを架けクレーンで吊り下げ上架する方法は2,3人の手伝いで簡単に上架する事が出来るのです。その為たまに乗船し釣りをしたことがある友人に連絡しお手伝いOKの承諾をいただいているのです。ベルトを船底に回し釣り上げるまでの時間は10分もかからず簡単な作業なのです。
P1040097_20191211053236684.jpg
P1040095_2019121105311407d.jpg
赤石漁港の位置は奥尻港から4キロ南で通常ならば5分もかからず行ける距離なのですが海響の船底は一年6ヶ月も上架していないので船底、スクリュウに苔、藤壺が付き速力が出ずその上南風で船首から波をかぶり10分もかかってしまいます。しかし赤石港口に着くと海上は凪になり島の港では一、二を争う程安全な港と言われているのです。そしてこの漁港は島の漁業の未来を担う奥尻漁業の潜水部会の本拠地港でもあるのです。久しぶりの海で操船に専念し海水温を見る余裕もありませんでしたが、同じ波の高さでも夏と冬では船体に受ける衝撃は全く違い冬のほうが強力なのです。多分温度による水の密度のせいかも?いずれにしても船上でのふんばりが効かない和尚の足腰では間違って落水したら厳寒の海では5分も生存できないでしょう。若い頃は死を恐れませんでしたが年をとり死が現実に近いものになると死を恐れるのでしょうか?若い頃は死が現実のものではなく遥か遠い未来のこととしか想像できなく、近未来の事として捉えることが出来ないから若い頃は誰でも?元気もりもりなのでしょうか?そういえば認知症は近い過去の事から忘れて行き遠い過去の事は覚えているといいます。和尚も近未来に認知症に見舞われる前兆でしょうか?
P1040103.jpg
赤石漁港利用規制案内図ですが北海道では漁港の規制が厳しく本州方面では規制が比較的緩やかだそうで、この話は日本一週中のヨットマンから聞いた話です。北海道では漁業が盛んで経済の大きな比重を占めているという理由があると思うのですが本州の小さな漁港ではどこでもウエルカムで歓迎されるという話を聞きました。和尚この赤石港に多分来年3月頃までお世話になります。その間リハビリに勤め逞しい海の男になりぶりにも黒い魚にも負けない強い海の老人になりますので赤石漁港の皆さんよろしくお願いいたします。

OPG クローズしました

P1040077.jpg
12月1日皆さんにお楽しみいただいた奥尻パークゴルフ場がクローズいたしました。小雨の降る中9名のボランティアの皆さんの協力で約一時間半の作業で完了しました。天気予報では午前中の雨も午後には上がるとの予報だったので和尚は撤収作業は午後からにしたら良いと思い午前8時過ぎグランドキーパーのHさんに電話したらもうすでに雨具を着たボランティアの人達が集まり作業しているというのです。OPGは今年で三度目の冬を迎え皆さん撤収作業も手馴れたもので次々とかたずけられていきます。雨も上がり撤収作業が終了した午後からもプレイしに来た愛好者が5、6人もいたみたいでパークゴルフを楽しむ愛好者の熱意の程が分かります。今年は3月29日のオープンから11月30日までプレイした愛好者数は4、000名をオーバーするそうで昨年は約2,000名でしたから約倍増の勢いです。今年の特徴は今年初めてパークゴルフを楽しむ人達も増えパークゴルフ場は黄色い歓声、笑い声に溢れ一日中楽しい雰囲気だったことです。
P1040083.jpg
そして和尚にとって一番の難作業だったのがティショットのティマットだったのです。Hさんに何も手伝わなくても良い!と言われていたのですが、和尚愛用の軽トラでOPGに行ったのが間違いでこのティマットは一枚の重量が30キロ以上?ある代物で軽トラに荷台に積むにはちょうど良い大きさなのです。そして和尚とタッグを組んだのがまだ若い中学校の教頭先生で年齢差は20以上で先生は意図も簡単に軽トラの荷台の高さまで持ち上げるのですが反対側の和尚は何度持ち上げようとしても荷台まで持ち上げることが出来ずマットを落してしまいます。和尚自分の身体能力が常人の半分以下であることを確認しショックを受けてしまいます。
一生懸命リハビリに励んでいるのですがまだまだ身体能力が普通でないことを実感し身体能力より精神的ショックが大きくヘコんでしまいます。
P1040087.jpg
そして撤去されたティマットの下は綺麗に整地された土台がありました。この土台は当ゴルフ場の優勝常連者であるKさんが今春手がけたものでさすがプロの仕上であり職人の熟練の技です。 そして今回和尚が迷惑をかけた教頭先生凄いパワーの持ち主でPGの飛距離も和尚の1.5倍も飛ばしますし和尚の第二の命の恩人なのです。夕刻和尚がPGの練習をしていて胸を押さえていると大丈夫ですか?と声をかけてくれ、その後和尚が病院に検査に行き検査の結果冠動脈の緊急オペとなったのです。このように当ゴルフ場はボランティアの皆さんの個人の持つ能力に助けられ成り立っているのです。本当に感謝の言葉以外ありません。
P1040084.jpg
P1040080_2019120411194251c.jpg
そして車庫内に整然と収められた中古の整備機械類ですがほとんどが中古の外国製で壊れた部品の調達もまま成らないのですがなんとK君という人物がいて不具合を修理してくれ無い部品は自分で加工して直してしまうという能力を持っているのです。ですからここにある中古機械類は全て完動品でなのです。当ゴルフ場の経営能力を考えた場合一年でも長く使えることがベストでありK君の能力に期待する事が大きいのです。
P1040085.jpg
山の上から見たPG場の全景ですが強風が吹きつけ雪が降っても積もることができません。そしてコースとコースの間に植樹した樹木が見えます。今年春のコースの全景があると分かりやすいのですが植樹した木の数、花の数は数知れず大幅な改良が加えられています。その上必要に迫られ池、バンカーまで出来てしまいました。当初からコースの完成、ゴルフ場の完成には3年必要だ!と設計者から言われていたのですが奥尻パークゴルフ場の完成にはもう数年必要でしょう。今年はこれからも大規模なゴルフ場の改修が行われる予定なのですがそれは秘密です。

ドコモ相談会?とピザ

P1040076.jpg
ドコモ販売店が島から撤退して?年、以前は毎月のように函館美原店が月に一度の割合で島に来て相談会が行われていたのですが、島の過疎化と共に最近では二ヶ月に一度の割合になりました。そして美原店には以前島でドコモの代理店をしていたA君が在籍しているので皆さん顔見知りで話しやすくまた島の特有の事情にも精通しているので相談しやすいのです。そして和尚がリハビリから帰った翌日島唯一の カフェ フアーロで開催されると言うチラシが時化の為三日分まとめて配達された新聞に入っていたのです。そして和尚が以前婆さんに持たせていた携帯が充電器の不具合のため充電されず使えないことを思い出し孫に買い与えたキッズ携帯が婆さんにも最適ではないかと思いカフエフアーロへ出かけたのです。会場は次から次ぎから次へと顔見知りが訪れ携帯の需要の多さが伺われます。そして和尚が熟慮の末決めたのがこのキッズ携帯で在庫していたのがこの黄色のみで目立つ色なのでちょうど色です。そしていろいろ設定してもらい即使えるようになりましたが所要時間は一時間ぐらいかかりました。右の丸いボタン状の紐を引くとブザーがなり響き和尚の携帯に即つながりますし残りのワンタッチダイヤルは子供の携帯を入れ準備完了です。この携帯の特徴は小さくて軽く首から提げていても気にならず病院に行くときも畑に行く時も首に下げておけばいつでも連絡できるという長所があります。あとは使用に慣れることだけで92歳の家の婆さんならしっかりしているので大丈夫でしょう!巷の話ではこの位の親孝行では和尚の迷惑をかけた大きさに比べたら屁のツッパリにもならないだろうという話です?苦節70年の和尚ですから講話には感動があり聴く人の心を打ち人をひきつけるのでしょう講演依頼が一年先なでびっしりです。(フエイクですが嘘と法螺は大きいほど良いとは和尚の格言)。
DSCN1107.jpg
そして相談会がおこなわれたカフエ ファーロの店内のカウンターですが店内は今風な内装でさすが鈴木北海道知事が訪れただけあります。そして和尚店内に入るなり持ち帰りでピザを注文していたのですが携帯の商談に時間がかかり帰りにはピザが少し冷たくなってしまいました。和尚とピザ?正反対のように見えますが実は和尚以外と新しい物好きなのです。そしてカフエフアーロのピザが美味しいと聞いていたので一度食べてみようと思っていたのです。
DSCN1112.jpg
この画像は二度目のピザで商談会後は少し冷めていたのでレンジで暖め直したのですがチーズの伸び具合といいピザの円の端の歯応えといい和尚にドンピシャだったのです。高齢者になると歯が弱くなり噛み切ることも大変になるのです。食レポとしては最低のコメントですが和尚お勧めのピザでした。

| ホーム |


 ホーム