FC2ブログ

プロフィール

きなんぽ

Author:きなんぽ
FC2ブログへようこそ!

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

ブロとも一覧

カウンター

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR

何の工事?

CIMG2464.jpg
29日奥尻パークゴルフ場で突然工事が始まりました。裏情報によるとKGBI、CIAともAIを駆使した情報分析の結果、新興宗教による神殿建設の為の前段階ではないか?という分析結果だそうです。最近巷の噂によるとキナンポ教なるものに加入することを勧める人物が島に現れ、その教義によれば信じる人間は死んでも一度だけは生き返る事が出来る!が第一の教えで信者を増やしているみたいなのです。そういえば昨年一度あの世との境界に行ったが追い返されたという人物が?
CIMG2467.jpg
そして柱も神社、仏閣でよく使用されている丸い柱が?この柱を朱色に塗ればいかにもそれ風な感じに?やはり世界最大の情報機関の分析が正しかったのでしょうか?そしてここで親父情報機関の分析に驚き目が覚めます。そして半睡眠状態でこのブログを書いているのですがこのい島の沈下状態を杭止めるためには宗教しかないと思うのです。観光振興の為皆さん試行錯誤を繰り返していますが、いずれも有効打がなく逆転満塁ホームランを打つ可能性のある打者も見当たりません。過去に宗教は麻薬であると言った人物がいましたがこのキナンポ教のメッカが奥尻島ならば巡礼者が世界中から続々と訪れ島が発展すること間違いなしです。親父脳梗塞後パラノイア(偏執病)になってしまったみたいです。
CIMG2469.jpg
そしてマッチ箱よりチョットだけおおきな空間ですがこれが島発展の原動力にんるこも知れないのです。そして親父伝道のため諸国漫遊の為の旅に出かける予定なのです。旅の目的は最初は放浪の旅だったのですが、次は全道122の道の駅を制覇する目的だったのですが今度は伝道の旅?いったいなにが目的なのでしょうか?真偽のほどは分かりませんがキリストも馬小屋で生まれたそうで故郷では何のカリスマ性のなかったということを本で読んだ覚えがあります?はたしてこの伝道の旅の成果は?ということで精神錯乱状態に陥った親父の行く末は?(・・・続く)笑い。
スポンサーサイト



庭の選定他もろもろ

CIMG2456.jpg
親父放浪の旅に出る前に庭の新芽だけは綺麗にしようとして剪定に専念しお疲れモードですが、昨日はこの樹齢(推定100年以上)の松の木を大胆にも切ってしまいました。樹齢推定100年以上というのは母親がここへ嫁さんに来た時はこの道路の両側にこの松の木があって夜は出歩くのは気持ち悪かったそうです。当時は電気なども無くランプの生活ですからもちろん街路灯というものも無かったでしょうから夜の暗闇は気持ち悪かったでしょう。このま伸びれば電線にも引っかかり、また新芽を切る為にもこれ以上伸びたら新芽を切ることが出来なくなるのです。結局独断と偏見で軽四トラック二台分をカットしてしまい形は悪くなりましたが道路への飛び出しも無くなり安全になりましたがこのままでよいのでしょうか?切り口に消毒剤を濡れ!と言われても高所恐怖症の親父には不可能です。
CIMG2452.jpg
そして池の片隅に金魚の産卵に備え大型の鯉が入れないようにブロックと石で防ぐエリアを作りました。この場所は蓮の花が咲くエリアで、もし産卵したら隠れる場所もあり稚魚の生き伸びる可能性のある草の生えている場所なのです。現在の水温は15度ぐらいでまだ産卵には早いでしょうが産卵場所として水草などが良いのでしょうが、水草を確保できない為床掃除用のモップを入れて代用しています。産卵の為には20度以上の水温が必要だそうなのでまだ早いと思うのですが函館へ行き水草を買うまでの代用です。普段温和な親父みたいな正確?の金魚がお腹の大きなメスを追いかけ回す様子見たことありますか?草食男子なる言葉で言われている現在の男子には考えられないほど攻撃的なのです。お腹の大きいメスを追いかけ回しお腹を突っつきメスは鱗が剥げ落ち皮膚も破れてしまうのです。可哀相と思うのですがこうした苦労して子孫を残さなければならないのでしょう。世の草食男子?に温和な?金魚の反面を見せれば草食男子の意識にも変化が現れ少子高齢化社会が変わる一助になるかもしれません。そして池の側には見たとこもない綺麗な小鳥が?
CIMG2451.jpg
綺麗な小鳥が息絶えていました。親父もちろん名前も知りませんが目で見て体に大きな異常は見当たりません。可哀相に!
CIMG2458.jpg
そしてパークゴルフ場とゲートボール場を仕切る斜面にはなぞの置物が?木の根を磨いた物みたいですがその切り口にあるのは?芸術作品かも知れません?そして斜面一面には花が植えられているのです。前回の高齢者事業団の大会18日には無かったのでそれ以降に斜面を利用した花壇が作られたのでしょう。こうして毎週、否毎日奥尻パークゴルフ場変化しているのです。
CIMG2459.jpg
そして花壇には早くもすずらんが咲いています。その上の方の花の名前は分かりませんが、草と花の区別がつかない親父には花壇の手入れはは無理で花が咲かなければ全部切ってしまいそうです。こうしてOPGはボランティアの皆さんの持っている個人個人の特有の才能によって運営されているのです。
CIMG2460.jpg
そして朝早くパークゴルフ場へ行くとSさんが皆がプレイを楽しむ前に皆さんに迷惑をかけないためにとグリーンに除草剤を散布していました。雑草を見つけその上にピンポイントで除草剤を散布するという気の遠くなるような細かい作業です。芝を守るために雑草(名前を聞いたが忘れてしまいました)だけに狙い打ちにしているそうです。こうした縁の下の努力によりグリーンが維持されより良い芝を目指しているのです。Sさんこそ陰のグランドキーパー否本物のグランドキーパーかもしれません。皆さんありがとうございます。

青苗マリンクラブカレイ釣り大会

CIMG2425.jpg
青苗マリンクラブ(会長 木元 智幸さん)カレイ釣り大会が絶好の凪に恵まれた19日日曜日に行われ11時から計量が行われました。親父計量には野暮用のため間に合わず、大きな真カレイを見せてもらったのですがなんとその重量を聞いてビックリ!この真カレイが一尾でなんと1.62Kgもあるのです。大会は五尾重量で争われるのですがこの一尾だけでかなりの重量を稼げます。参加者は釣果は多くはなかったものの形の良いものが上がったみたいです。
CIMG2424.jpg
そしてこれが1.5Kgno黒カシラカレイでやはり青苗の前浜で釣れたそうです。やはり漁業のメッカ青苗です。親父いつも思うのですが島には南部地区に青苗マリンクラブ、北部には奥尻マリンクラブというボートで釣りを楽しむ二つのクラブがあるのですが、大体同じ時期の同じような大会が行われるのですがその釣果の一尾当たりの重量が違うのです。やはり青苗のほうがダントツに大きいのです。やはり漁業のメッカだけあり魚が豊富なのでしょう!そして同日奥尻マリンクラブでもカレイ釣り大会が行われたのですがこちらの結果はまた後日報告いたします。親父も奥尻マリンクラブの会員なのですが前日の高齢者事業団主催のパークゴルフ大会に参加し疲労こんばいし身体障害者同様の身の為、カレイ釣り大会は安全の為不参加でした。そして家内に運転させ青苗の港へ行ったのですがそこでもまたその豪華な景品類に圧倒され、景品につまづき青苗マリンクラブ員に大丈夫?と声をかけられる無様な情態です。
CIMG2432.jpg
どうですか?この景品の数と量、普通景品といえばティシュ五個入ったものい一パックぐらいと思うのですがなんとそれが一ダンボールなのです。トイレトぺーパーは12ロール入れ一パックを思いきやなんと12ロール一パックが8個が入ったダンボールなのです。さすが漁師町、サラリーマンが多い奥尻地区とは桁が違います。そして優勝者は何と親父の知ってる人物が!
CIMG2438.jpg
優勝は佐藤さん五尾重量5.69kgで堂々の優勝です。二位は泉沢さんで5.29kG,三位は松川さんで4.68k、四位は川道さん4.25k、五位は村田さん(女性です)4.02kと言うどこへだしても恥ずかしくない堂々の成績でした。ただ数は多く釣れなかったみたいで皆さん苦労していたみたいです。北部の奥尻マリンクラブでも数は余り釣れなかったみたいです。でも久々にあんな大物のカレイを見て親父感激です。なお青苗マリンクラブの鱒釣り大会の結果の発表も同時に行われましたがこちらは一尾重量で
優勝は高田さん2.77キロ、二位松川さん2.61そして三位は村田、木元さん2.54キロだったそうです。鱒釣りに関しては奥尻マリンクラブの方がわずかに大きかったみたいで鱒釣りに関しては珍しく奥尻マリンクラブの勝ちでした。

第二回高齢者事業団杯パークゴルフ大会

CIMG2419.jpg
第二回高齢者事業団主催によるパークゴルフ大会が天候に恵まれ満開の桜に覆われた奥尻パークゴルフ場で18日午前8時30分から行われました。表題のとうり高齢者が多いせいか開始30分前には予定されていた全員が集まり開始が30分も早まり今年第一回目の大会と言うこともあり、参加者全員の期待の大きさを表わしています。大会は高齢者事業団を代表して制野さんの挨拶で開始され参加者は全員で37名でした。高齢者事業団主催という事もあり高齢者に優しい?配慮した大会で70歳以上には5点、75歳以上には10点、80歳以上には15点のハンディが与えられこのハンディが優勝に大きな影響を与えます。
CIMG2403.jpg
そして瀬戸競技委員長のローカルルールの説明の後すぐにプレイが開始されますが、開始早々ぶなの森一番のコースで最初のグループの最初のプレイヤーがいきなりホールインワンを記録し皆さんの度肝を抜き後続のプレイヤーにプレッシャーをかけます。そして笑い声に包まれ大会は終了しますが優勝決定戦は佐藤さんと神埼さんのサドンデスで決定し佐藤さんが昨年に引き続き優勝し二連覇を達成し、神埼さんは二位となりました。神埼さんはパークゴルフを始めてまだ三年目なのですがやはり練習の成果でしょう。そして本物の高齢者である親父も今季最初の大会参加ですがまだ続けて2ラウンドしたことが無く、途中棄権を防ぐ為ここ数日朝1ラウンド、夕方1ラウンドと体力強化に努めてきたのですが、今朝は通常飲む薬に鎮痛剤一錠をプラスして飲んだのです。その効果か?ラウンドするメンバーに恵まれたのか36ホール回り切ることができました。同級生のM君に感謝です。
CIMG2406.jpg
豪華な景品が並べてありますがこのほかあわび、アスパラ、商品券、ガソリン券などもあり、くじ引きによってどの景品が当たるか分からず、成績上位に人からくじを引くので、成績上位者が必ず望みの物が当たるとは限らず。この方法も優しい大会といえるかも知れません。そして女性軍では一位三上さん、二位辻さんとなりやはりポイントが有利に作用した見たいで次回からは一考が必要かもしれません。それども楽しむ大会も目的は十分に達成され皆さん大変楽しんでいました。親父は過去最高のスコアで121で回り始めてパーを切ることが出来ました。当クラブのグランドキーパーH氏の記録を上回ったことは今大会の特筆すべきことかもしれません。親父いままでは練習球を2個持ち練習していたのですが試合には集中が必要な事を知り、一打入魂の意味を込め一球で練習します。試合には集中する事が第一であることを知り試合に強い親父を目指します。なおH氏の名誉のためにいえばH氏はコースの整備に忙しく練習する暇も無くグリーンの整備に余念がないのです。その為参加者からは良いグリーンだ、とても離島のグリーンとは思えない、本道の芝と変わりはないとのお褒めの声をいただいているのです。
CIMG2411.jpg
そして大会終了後ぶなのコース一番でニアピン賞が男女別に行われ男性は道下さん、女性は坂本が獲得しました。この花壇もM君の製作で一番コースと二番コースを仕切るものなのですが、このように奥尻パークゴルフ場はボランティアの皆さんの創意工夫で毎日のように変化しているのです。親父も毎日のように練習に行くのですが、あれっ こんな所にオンコの木があったっけ?と思うほどなのです。そして当クラブの大会で100を切る人はいつ現れるのでしょうか?青苗の愛好会主催のペアー大会では99というスコアが出たのですが単独ではまだ出ていません。
CIMG2422.jpg
そして上位入賞者ですがポイントが有利に作用している事が分かりますがハンディを除くと100を切れていません。グランドキーパーH氏とプレイヤーの100を巡る熱い戦いが続きそうです。

長寿会花見

CIMG2392.jpg
晴天に恵まれた午前10時から長寿会の花見が満開の桜の下で行われました。長寿会とは親父の住む通称谷地、武士側地区の老人クラブの名称で会員は23名で、歩けなくなり辞めた人や妻の介護の為など理由はさまさまですが新入会員より辞める人のほうが多いのも悩みだそうです。そして足、腰が弱い会員の為に椅子がセットされ、よく見る車座になって杯を重ねる様子とは違いやさしい会場に仕上がっていました。、会場は親父の好きな演歌が流されていましたが、親父の好きな演歌とはちと違い(骨まで愛して)と言う昔?の演歌でした。確か城 達也?この場所は地区のゲートボール場になっていて直ぐ隣は奥尻パークゴルフ場なのです。そして会場の片隅にセットされた焼き台からは良い香りが!
CIMG2391.jpg
同じ長寿会の会員でも比較的若者が一生懸命に野菜、肉を焼いています。長寿会の会長は瀬戸さんでいつもパークゴルフ場の整備を献身的にポランティアで協力してくれていて、親父にも食べていけ!と誘ってくれますが丁寧に辞退いたします。親父も年齢的には加入資格を満たしているのですが、若い頃から老人とは絶対呼ばれたくない、と言う理解不能?な意地があったのです。しかしながら脳梗塞以来歩くのも不自由になりリハビリの為パークゴルフをしている状態なので、立派な老人なのですがなぜか老人と呼ばれない内にあの世へ消えてしまいたいと思っているのです。でも現実はパークゴルフ18ホールを回るのが限界で8ホール以降はクラブを杖代わりに利用し、歩く姿は92才の婆さんより遅く、また歩く姿は前屈みになり婆さんより悪いと他のプレイヤーに言われる始末です。もし入会したら長老扱いかも?

奥尻レピーター(中継局)の廃局

DSCN0739.jpg
奥尻レピーター(JP8YDL,439.74Mhz)のは廃局が5月10日認められました。この画像がそのレピーター(無線中継局)なのですがあの平成5年の南西沖地震以降ウニマルパークセンタービルに設置されていたのですが、昨年秋以降突如電源が入らなくなり中継を中止していたのです。地震直後は八雲町にあるレピーターを臨時に移設して運用していたのですが、その後全国のアマチュア無線家に募金を呼びかけそのお金でこの無線機を購入し島に設置されていたのです。そして島のアマチュア無線家には小型のハンディ無線機が与えられ、毎週土曜日にはロールコールが行われ函館や青森局などとの非常通信訓練なども行われ復興の一助にも役立っていたのです。しかし携帯電話の復及に伴い無線の有効性も薄れレピーターの使用も少なくなり影を薄めていたのです。その上中継器が旧型になりメーカーからも部品の調達が困難になっているとの連絡が入っていたのです。そして島でも3度の養成過程講習会を開催し免許状所有者を増やしたのですが携帯電話の普及に押されてしまったのです。そしてついに奥尻レピーターの廃局になったわけです。いままで募金に協力していただいた全国のアマチュア無線家に心から感謝申し上ますと共にこのレピーターを有効に活用させていただきますのでご安心ください。本当にありがとうございました。
DSCN0740.jpg
そしてレピーターの側に設置されていたAIS(自動船舶識別装置)中継局ですがキナンポ親父の自宅に移設されました。AISは国際VHFを使用し全世界の船舶の位置、船名、進路、速度、目的地などが60秒ごとに更新されるものでパソコンで簡単に見ることができます。ハートランドフエリーのカランセ奥尻などにも設置され現在位置なども知ることが出来、特に大時化の場合の遅れ具合なども知ることができます。そして奥尻海峡を通過する大型船の国名、目的地、速力なども知ることが出来、親父のような船好きには楽しいものです。なお親父の愛艇海響や小型漁船にはAISの設置義務はありません。

2019北海道道の駅スタンプラリー

DSCN0745.jpg
完全に無職になった親父は若い頃からの夢であった北海道一周の旅に挑戦することになりました。30代の頃はヨットによる日本一週を夢見ていたのですが当時は高価なクルージング用ヨットを手に入れるお金が無く、ようやくこの年になり中古のヨットを買える余裕が出てくると、海の怖さも知りその上船体は暴風雨に耐えても人間の体力が耐え切れないようになったのです。その上脳梗塞というおまけまでついているのですから。ですからほうめい和尚の夢はダウンして車による日本一週なのですが夢ばかりみていてもしょうがないのでまずは車による北海道一周をしてみて身体、車とも異常がなければ日本一週に挑戦しようと決めたのです。そしてその第一弾がこの連休だったのです。幸い独身生活をエンジョイしていた親父は、マスの良い釣果が聞かれないことを幸いに海にもいかずのんびりしていたのですが、TVで日本一小さい道の駅が江差でリニューアルオープンしたというニュースを見て、一人で渡島、檜山管内の道の駅に挑戦しようと思いたったのです。
DSCN0744.jpg
そして5月2日フエリーの二便で出発し最初の江差の道の駅に到着するとマイクロバスが到着していて、日本一小さい道の駅は人で溢れ入店することは出来ずバスが出発するのを待ち入店しますが、スタンプラリーに参加するスタンプブックは売り切れでないそうです。そして次の道の駅厚沢部にの道の駅に行くと在庫があり親父の記念すべきスタンプ一号は厚沢部道の駅(ルート227、メークイーン発祥の地あっさぶ)となりました。そして次は出来たてほやほやのなないろななえの七飯町の道の駅がスタンプ第二号です。さすが国道5号線のエリアで駐車場も激込みで駐車場整理員の誘導に従いますが国道にまで入場待ちの車が溢れています。その上物販のエリアも激込みでレジ待ちの人達がカゴを持ち行列を作っています。その為スタンプだけをゲットし早々に退散します。そして3日は渡島管内の残り5箇所の太平洋側の道の駅を無事に回りました。そしてよく4日は渡島半島の津軽海峡、日本海側を全て回る予定でしたがせたな町の道の駅てっくいランド大成だけは行くことが出来ませんでした。ここは次回函館の病院へ行く時寄り道をして行きスタンプをゲットしようと思っています。そして延べ3日間で道の駅のスタンプ14をゲットできたのですが、最大10連休で日本中が異常に沸き立っている中でほうめい和尚が感じた事があります。それは太平洋側、津軽海峡側は激混み状態だったのですが檜山管内は上の国のもんじゅ以外は閑散としていたということなのです。文殊もイベントがありその上での賑わいだと思うのですが駐車場へは整理人がいて入場制限していたのです。しかし太平洋側ではなないろななえ、しかべ間歇泉公園、みそぎの郷きこない、北前船松前など人で溢れ食事も順番待ちなど店内は激混み状態なのです。田舎生活が長い和尚はこうした混雑の中では食事も出来ずコンビに弁当で済ませてしまいました。マスコミの影響力、コマーシャルの効果、人口が多い地区ほど何故か集客力がある、そして物販に関しても売り手の側がお客様に積極的に声かけしているなど接客態度も見上げたものです。そして今和尚はちょうど良い時に仕事を止めたななあ!と思い自分のいたらなえを反省し時代に取り残されていた事を思うのです。和尚は過去の人間ですから言えるのですがこのままでは島に未来はない、と断言できます。夢を持った強力な指導者が必要だと思います。また脱線しましたが2019の完全制覇の道の駅の数は122駅です。参加料は200円でこれはスタンプブックを買うことで参加できます。全道の道の駅は124駅あるのですが長期休業の駅などがあり122駅なのだそうです。和尚は残り108駅を約二週間かけて回る予定なのですが、身体障害者手前の身無理せず悪天候は休養に充て悠悠と走行したいと思います。ルートはまだ思案中なのですが今回は道北、十勝、オホーツク、釧路、根室エリアを重点的に回り道央エリアは比較的近いので周り切れなかった道の駅は次回にしようと思っているのです。2019のスタンプラリーは4月22日~来年の3月22日まです。そしてスマホで参加できるスマホスタンプラリーも11月5日まで行われているのですが和尚はスマホという文明の利器を利用できないので恥ずかしながら不参加です。

青苗パークゴルフ愛好会ペアーマッチ

DSCN0727.jpg
5月5日午後から好天にめぐまれた奥尻パークゴルフ場で青苗パークゴルフ愛好会主催によるペアーマッチ大会が行われました。ゴルフ場の周囲は桜が満開の状態で、特に海のコース9番は距離約100mのロングコースで桜を見ながらのフルショットで最高のロケーションでした。そして優勝者は当コースの公式戦で最初の1を切る99と言うベストスコアでした。個人の技能ばかりではなくパートナーとの総合力ですので単純に100を切ったかどうかの問題ではなく、会場では笑い声にあふれ老若男女関係なく楽しかった、こういう試合方法もあるのか?などと非常に好評でした。
DSCN0748.jpg
そして上位入賞者のお名前ですが皆さんパークゴルフの愛好者で青苗の愛好者の名前が多く並んでいます。やはり好きな人にかないません。そしてほうめい和尚は気力はあるのですが体力不足で参加できませんでした。足、腰の筋力が衰えクラブを杖代わりの持ちながらも1ラウンドプレイするのが限界なのです。とても2ラウンドすることは不可能なのです。18日に行われる奥尻町高齢者事業団主催による大会までには体力を強化し参加するつもりです。高齢者事業団というだけあり高齢者に優しい大会で70歳以上で5、75歳以上で10、80歳以上で15ポイントのハンディが与えられるのです。悲しいことにほうめい和尚は5月1日以降頭を丸め懺悔したのでこのハンディは与えられないそうです。

令和はブルーだった?

DSCN0699.jpg
平成最後の30日親父念願だったスキンヘッドを断行したのです。いままではお客様相手の仕事という事もあり。悪い印象を与えるのではないか?という心配もありまた社会的慣行もあり自粛していたのですが、無職になり残り少ない人生自由に生きようと決め、決行したのです。親父荒れる男子高校生の頃規定より髪が長いという理由で髪を五厘刈りにされた事があったのですが、当時有名だった教頭先生に良い頭の形をしているんじゃないか!と誉められた事があったのです。それが心の片隅にありスキンヘッドにあこがれていた側面もあったのです。そして床屋さんで頭をバリカンで刈り上げ蒸しタオルで頭を何度も蒸しカミソリで刷りますが何度もシェービングフォームを付け剃ります。そしてまた蒸しタオルを頭に撒きその繰り返しで完成したのがこの頭です。青アオとして初々しさが現れています。そして昨日亡き親父の月命日でちょうど住職さんが来たので親父この頭を見せ和尚さんお弟子にしてください、一緒にお参りに歩き自分はお布施専門に回収しますからと申し出た所一言で却下されてしまいました(笑い)。最高のバイトにありつけるか?と思ったのですが、税金も課税されないしベストな内職だと思ったのですが。そして出家し損ねた親父の法名は芳明と書いてホーメイと読みこれからはホーメイ和尚と呼んでもらおうと目論んでいたのです。が弟子入りに失敗した以上は自分で宗教を立ち上げる以外にはなく、自分の経験から一度死んでも生き還るキナンポ教を創設し親父が教祖になるという方法しかありません。二度の脳梗塞からも奇跡の生還をした親父が教祖なら後光がさしているので御利益はてき面に保障されているでしょう。改元に沸き立っている社会の中で自分勝手な妄想を抱いている親父の令和の印象は、冷たいLEDの光の中で昭和初期の悲しい歴史を思い起こした事でした。令は命令を連想し命令で昭和の暗い時代に戻されたらたまりません。令和の決定過程も徐々に明らかにされ最高権力者の意向が強く反映された過程が紙面を賑わせています。令和元年を礼賛の社会風潮の中親父のようなひねくれた者がいるほうが健全な社会でしょう。令和元年からホウメイ和尚と呼んでください。スキンヘッドにしたら楽かと思いきや想像以上に手入れが大変みたいでホウメイ和尚の残された時間も短いかもしれません。

| ホーム |


 ホーム