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W会長の釣りPⅡ

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社員の慰安旅行で日本一の花火大会と言われる秋田の大曲の花火大会見た翌日W会長は最終便で来島しました。そして困った事に宿泊予定の26日から28日まで島の北部の民宿は全て満員で宿泊出来ないのです。親父北部の民宿全てに電話したのですが普段レンタカーを利用してくれてるせいもあり皆さん申し訳なさそうに断ってくれますが、なぜかこの時期いつも民宿は満杯状態なのです。観光のお客様も減り多分作業員の方の利用が増え長期宿泊なので一人一部屋の利用になる為ではと推測されます。が最後にこの期間は経営者が不在で素泊まりなら良いという民宿が見つかりW会長の来島となりました。親父いつも会長にはお世話になっているので宿泊場所がなければ自宅に泊めようと家内と話していてその旨連絡していたのですが早朝会長から電話があり民宿があったか?の確認の電話があり,あったから来たそうでもし宿泊場所がなければ来島しないつもりだったそうです。なんとも律義な方です。そして二日目のぶり釣りの釣果ですが気合いが入り午前4時に出港の約束をしたのですが二人とも時間前に目覚め室津島目がけてベタ凪の海上を走ります。あまり良い情報がない為かまだ薄暗い海上にはレーダーで確認しても数隻しか確認できませんが、日が昇るとやはり室津島周辺には多数の船が集まっています。この室津島周辺は岩礁地帯で周囲の海底が浅い場所の連続で回遊魚がこの周辺に根付くとされているのです。
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これが室津周辺のGPS画像ですがこの沖のハッピと言われている場所に注意が必要で、凪の状態でもよく見ると白い波がたっているので暗礁がある事が分ります。ですがこの沖のハッピ周辺が良く釣れるのです。そして今日もこの周辺で一度にこの二本を釣り上げたのです。もちろん主役はW会長で親父は船長ですからキャビンの中で操縦していると突然W会長の動きが慌ただしくなり釣れたと言い必至にラインを外そうとしています。そしてエンジンを中立にするとW会長は重い重いといい必至でドラムをまいています。前回の反省からラインが緩んだり、頭を横に向けられたりすると逃げられる事が分っているので必死なのでしょう。そのせいもあり無事二本の取り込みに成功したとたん会長は船の淵に腰を下ろしてしまいます。親父すかさず会長普段現場で体力仕事していないからですよと言うとそうだと答えます。そしてようやく二本ゲットして九時に帰港しますがそれからも問題が!クール便で発送しようとしたのですがこのブリを入れる大きさのハッポーが無くその上クール便は25キロまでと重量制限があり発送出来ないのです。そして考えた窮余の策は親父のクーラーに氷とブリを一尾ずつ入れ発送し着いたらクーラーを送り返すと言う方法で解決しました。
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前日の会長の鱈釣りの様子ですがこの素晴らしい竿とリールでやはり爆釣でした。この竿の曲り具合、この時で針五本中四本に良い形の鱈がかかっていましたがめったにタモを使わない会長もこの時はさすがタモ網を使っていました。さすがに値段の高い力のあるリールですと良く巻き上げます。そしてこの日の宅急便の送料は15%オフで五万円弱だったそうでやはり市井の市民には出来ない釣りです。そんなに鱈釣ってどうするの?と聞くと従業員や友人、知人に上げるのだそうでやはりこの日も一尾では上げなくて数本ずつ針にかかってから巻き上げていましたのでやはり経営者の合理的な釣り方です。
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宮津沖の根から見た稲穂岬灯台ですがこの日は上潮0.7マイル北の波、風があり釣りには最適とはいえませんがサメの襲来は一度もなく仕掛けのロストから逃れられました。以前の釣りでは五回もサメに襲われ持って行った仕掛けを全部失い釣りにならなかったと言っていた人もいたのでラッキーだったのでしょう。親父今回のサメに襲われず親父にはサメが嫌いなフェロモンを持っているか?、またはサメは親父を本能的の恐れているのではないか?といつもお世話になっているHさんに自慢気に話した所否それは違う、サメにまで嫌われているからだそうです。親父撃沈です。皆さんどう思いますか?
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キューイFの棚の倒壊

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17日の強風で庭のキューイFの棚が倒壊してしまいました。原因は棚を支える支柱が根本から腐りそれにキューイFのつるの重みで倒れたものと思いますが大人三人で直そうと試みましたがビクともしません。そしてキューイFの木も斜めになり根本には大きな隙間が出来ています。今年は自分家のキューイは果実の成りが良くないので、何とか木だけでも助けようとつるを切る作戦に切り替えます。切った釣るは軽トラ三台分もあり処分しました。右中央に支柱につるを巻いているのが男の木です。
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そして完成したのがこちらですがつるも全て切り過ぎた?為木が無事か気になります。左側と中央右に見えるのが女の木でやはり女性らしくスリムです。そして支柱は亜鉛メッキしてある鉄製のものなのですが何の目的の為有ったのかは不明ですが三本ありこれを利用しました。そしてもう一本は角材ですが土中で腐食を防ぎ為クレオソートを塗り親父の細工にしては完璧です。問題はこのキューイFの木が死なずに来年また芽を出すのかそれとも親父のように中途半端な状態になってしまうのか?それとも木が枯れてしまい棚だけが残るのか?キューイのつるからは切った翌日は木液のようなものが凄い量出ていたのですが今は枯れていますのでひょっとしたのかもしれません。キューイが死んで棚だけが残ったら最悪の結果です。今回の棚の施工は悪名高いキナンポ土木で100年の風雪の耐える設計ですので親父の亡き後もキューイの木を見つめるのですから。
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そしてつるを処分した山中には可憐な花が咲いていました。多分××××えびねかも?

単独出漁

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一人では絶対海へ行くな!と厳命されている親父ですが、三時から目覚め何もすることが無い親父は上官の命に逆らい、トロ凪に負けそうっと家を抜け出し五時40分に隠れるように出港しました。往復三時間の釣果ですが今回も良い形の鱈が釣れました。潮の流れは上潮で0.7~8マイル位でちょうど良い潮です。今回は普段お世話になっている檀家さん用で無理をしないと決めていたのですがやはり良いポイントでは五本針に四本の良い形の鱈が喰いつきポイントによっては一本も釣れないと言うばらつきがありました。ちょうど娘さん家族が帰省していると言う家庭には大変喜ばれたのですがこの四本の鱈を釣り上げた時親父の体に異変が?
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水面までは電動リールが巻き上げてくれるので苦労は要らないのですが水面から船上に上げるのに力が必要なのですが二本目までは順調に引き上げたのですが後二本が良い形で重くて引き上げる事が出来ないのです。親父健常な状態であれば簡単な作業なのですがやはり長期間の療養?みたいな生活で体力が落ちているのでしょう。揺れる船上での作業で何とか一本も逃がさず上げる事ができましたがその後と腰と左太ももの裏側に異変が。親父のいつもの急所が痛み出し揺れる船上でびっこ?引いて歩く状態になってしまい帰る準備を始めると?
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後40mという所まで巻き上げると急に電動リールがストップし今度は急に巻いているラインがどんどん出され巻き上げる事ができません。ちょっとして大型のぶりか、マグロかとも思いましたが。引き出される方向が底ではなく横方向に引き出されるのでサメかシイラではないかと思いラインが190mまで出された状態で仕掛けを切る事にしてラインをクリートに結びます。すると直ぐに切れラインは無事でしたが16号のハリスが切られ被害は最小限でくい止められました。沖の根にはもう二艘程いたのですが帰ってから話を聞くとやはりサメに仕掛けを取られ釣りにならなかったと言っていました。ようやく帰港して鱈を檀家さんに配ると皆さん親父の歩く姿をい見て何した?90才の爺より歩き方が悪いと言われますが二日間の静養で今は平常?に戻りましたがやはり体力の無さを痛感した単独出漁でした。半年で15キロも痩せるるとこんなものでしょうがスリムになる事も問題あり?です。

孫帰る

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2日に来島し夏休みをすごしていた孫が18日迎えに来た父親と共に帰りました。本当は17日に帰るる予定だったのですが17日は悪天候で波が高かったため1日延びたのです。親父にとっては遊ぶ時間が増えたのだで喜ぶ事なのですがそれだけ悲しみも大きくなります。それでもフエリーの船上から冬休みまたくるからねえ!と甲高い声で叫んでくれますが親父はバイバイとしか声が出ませんし、気の効いた事が言えませんしその上正視できません。涙を必死にこらえながらデジカメをいじくりながらごまかします。壮希の話では冬は波が高い為飛行機で来るといいお爺ちゃんそれまで生きていてねと言ってくれます。長男の壮希は死については大体理解しているみたいなのですが3歳の早希はまだ完全には理解していないみたいです。そして孫が帰った家の中は閑散としていて昨日までの賑わいは何処へ行ったのか?静寂が支配しています。
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居間の壁には遊んだ跡ご残っていてお祭りに着た袢纏や長男が着た愛用のモコモコ?がありますがモコモコは親父が貸してと言っても貸してくれない愛用の品物なのです。そして早希は家にあったアンパンマンのぬいぐるみがお気に入りでいつでも抱っこして寝ていたのですがフエリーの船上からアンパンマン貸して上げるからONちゃんと仲良くしてね!といい見送り客のほほえみを誘います。見送りのお客さんからは親父に孫後遺症にならないでねえ!と声がかけられます。孫が帰った後急に疲れが出たり、無気力になったりするするらしいのですが親父にはそのような状態になる暇はありません。終活に向けた残された仕事、やり残した趣味が沢山あるのです。残された時間はいくらあっても足りない程やり残した事が多いのです。それもその道を極めるのではなく幅広く適当に楽しむだけなのです。これを親父は幅広ブスブス戦術と言ってますが要するに何をしても見るべきものがないという事なのです。それにしても友人のO君が心配していたように二人の孫は素直すぎて親父心配になってしまいます。幼稚園児は皆孫のように冗談も通じず言葉を真に受け反対の意味が通じないのでしょうか?親父も娘二人を育てたのですがこの時期の事は忘れてしまい今流行りの言葉で言えば記憶にございませんです。核家族なので同年代と遊ぶ機会が少ないので純粋に育つのでしょうか?また自宅がマンション生活なので自宅では騒音を気にして走り回れない反動なのかとにかく走りまわっています。健康が一番ですが心配も尽きない親父ですが人間死ぬまで何かを案じ続けるものなのでしょう!

田中さんからの贈り物

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5,6年位前まで毎年数回ずつ島に釣りに訪れる田中さんという釣人が函館にいたのですが、一週間位前突然電話がありました。親父の携帯の登録は(田中釣り)となっていましたのであっ、田中さんだとすぐに分かったのですがあまりに久しぶりなのでどうかしたのか?尋ねた所転勤になり現在は埼玉県に住んでいるとのことです。そして現在は結婚をしていてやはり釣りは楽しんでいるみたいですが、当然ながら独身時代のように釣り吉のような生活は出来ないようで奥様に使わない釣り道具は処分しなさいと言われているみたいなのです。それで親父に電話してきていらない仕掛け、道具を貰ってくれないか?というのです。親父は即座にはいお願いしますと答えます。実は最初のソイ釣りに出かけた時親父は中爆釣で田中さんはようやくと言うレベルだったのですが親父の仕掛けを見た田中さんは仕掛けを工夫し再チャレンジをしに来て爆釣したのです。この時は南西の風で2m位のうねりがあり操業出来るぎりぎりの状態だったのですがこの時はまだ親父も若かったので怖い物知らずで頑張れましたが帰港後田中さんに聞くとやはり怖かったと言っていました。現在ならば時化に船は耐えられても体が耐えられません。
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そして釣り針と鉄筋錘ですが親父今使用している錘は全て鉄筋錘なのですが田中さんから紹介されて購入したものなのです。まず費用が安いのが一番なのですが海に落しても鉛と違い鉛害をおこさず環境にやさしいという事なのです。反面海水での使用ですから錆びやすくボートが汚くなると言う欠点もあるのですが。田中さんの話ですと本州の乗合船は全て鉛の錘で重さも統一されるそうです。多分他の釣り客とのお祭りを防ぐ為でしょうが本州での根魚釣りは釣れても数匹のレベルで一、二匹というレベルだそうです。そして田中さんの工夫は針の形にも現れていて二本針の孫針に根掛りを防ぐ工夫が考えられていて針先が内側に曲がっていて根掛りしないようにしているのです。そい釣りは岩礁地帯ですから当然と言えば当然ですよね。そして田中さんは魚についても知識が深く良くソイには身に黒い粒のようなものが入っていて皆さん虫と勘違いしているようなのですが、あれは虫しではなく海鳥などの糞などをソイが食べるそうなのですがソイは海鳥の糞を消化する能力がないのでそのようになるのだ?と説明してくれました。でもあまり気持ち良いものでありませんよね。田中さんありがとうございました。またいつか親父の元気な内にソイ釣楽しみたいですね。あっそれと釣りより奥様と家族を大事になさってくださいね。間違っても釣りバカ日誌のハマちゃんのようにならないように!

W会長の釣り

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W会長が16日まで会社が休業だと言う事で11日の最終便で来島しました。この日は島で20年ぶりの花火大会という事で親父孫と花火を見物しながらフエリー埠頭でフエリーの到着を待っていたのですが、花火大会の興奮が冷めやらぬ二人の孫はハイテンションではしゃぎ回り、見物客を乗せて帰航するヨットに向けてあらん限りの大きな声をだしお帰りなさいと叫びます。子供の甲高い声は港中に響きますがヨット上の見物客もただいま~と答えます。見知らぬ見物客同士妙な連帯感が感じられますが、この島の若者達の主催による花火大会30分間の短い物でしたが都会の延々と続く花火大会より内容、演出もすばらしいものでした。親父の年代になると精神が集中できるのはせいぜい30分が限界でそれ以降は惰性になってしまうのです。それにしても幼稚園児の孫のハイテンションは周囲の見物客の注目を浴び、高田家でこんなにはしゃぐ人間は過去にいないなあと思いながら、親父帰ってから娘に尋ねると直ぐ近くの豊平川花火大会にも釣れていった事もないそうです。小さい子供二人を連れてあの人ごみには行けないそうです。そんな訳で孫とW会長を出迎えたのですが帰省客も沢山乗船していました。この時期フエリーの入港時と重なると島の道路も数珠つなぎになり信号も三度待ちの状態となります。前置きが長くなりましたがこれがW会長の今朝五時出港し十時過ぎ帰港の釣果です。クーラー四個とクーラーにはいりきらない鱈は魚箱に入れましたが今回は親父体力温存の為釣りは一さいせず釣り上げた鱈の血抜きに専念しますがやはりW会長鱈釣り名人です。親父のように貧者の釣りは鱈が一本釣れても逃げたら困ると思い直ぐ釣り上げようとするのですがW会長は一本鱈がかかってもあげようとせず五本針に鱈五本がかかるまで待つのです。
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そしてこのように鯉の登り状態で鱈を釣り上げるのです。たしかに180m前後の海底から釣り上げるのですから効率的な釣り方です。人生に余裕がなければこの様な釣りは出来ません。そして恐れていたサメの攻撃にも一度だけ遭遇しました。良い感触で巻き上げていたのですが突然リールがとまり海底に引き込まれたと思うと反動で竿が跳ね返り軽くなり26号ナイロンのけたが切れ上がってきたのです。海岸近くではサメ出没の情報は聞いていたのですが宮津沖の根での出現は初めての出来事でした。親父W会長が来るという事で5組の仕掛けを用意したのですが被害は一個ですみましたが直ぐ側にいたS丸は何度もサメに襲われたそうです。親父がサメに嫌われているのではないか?とも思うのですが親父の船はヂーゼルでサメの攻撃に会うのは船外機船が多いような気がするのです。サメはヂーゼルの音、周波数が苦手で船外機のそれを好む?それが解明できればサメの被害を防ぐ事が出来るのではないか?と思うのですがこの装置を開発できれば海水浴場に設置したりして親父も富める物の仲間入りかも?そしてこの日のW会長の宅急便の送料はなんと40,000円以上で会長でなければ不可能です。そして翌日の釣果です。
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翌日も凪が予想された為四時半出港の約束をしましたが会長もはやく民宿に帰り準備していたそうで、親父も二時から目覚め約束の時間をまちますが会長も三時半から起きていたそうです。それなら早く出港しれば良かったのですが前日青苗の釣り名人んKさんに連絡し情報を仕入れていたのですが芳しい情報は得られなかったのですが室津島へ向かう事に決めました。凪も良く約30分で室津島に到着しトローリングを開始し6時過ぎ7キロチョイの丸丸と太ったブリをゲット。その30分後にも8キロのぶりをゲット!すると三本目も直ぐにつれますが今度は船底に潜られラインを切られ逃がしてしまいます。昨年の北上するブリと違い太っていて脂も乗っていそうです。餌のいかが不漁なのになぜ太っているのでしょうか?早朝の五時半の携帯コールにも関わらず応答して場所の情報提供してくれたKさんに感謝です。ありがとうございました。

9か月ぶりの海

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W社長否会長が来島される事になり親父仕掛けをつくるやら大忙しです。W社長息子さんに社長を譲り今度は会長として睨みを利かせる?のでしょうが業績が良い会社は後継者はすぐに決まるのでしょう。今度は暇があるので釣れたら連絡頂戴と言う事だったのですが今回はW会長から連絡をいただいたのです。そして9か月も海に出ていないので船も試運転しなければなりません。山の神から絶対一人では海に行ってはいけないという厳命を受けている親父は以前から千葉県から来島し町職員になっているM君に同行をお願いしていたのです。そして彼女と来島していた父親の弟を乗せ4人で出かけたのです。当初は波が高い事が予想された為ブリに狙いを定めた(数は釣れていないが大物に逃げられた、針が切られたと言う噂が聞こえます)のですが予想に反し、海面が静かだったので安定した釣果が期待できる鱈釣りに切り替えますが、ポイント近くまで行くと波が立ち弟さんがダウンしますが彼女が一番元気で持っているのは6キロ位の鱈です。
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そして船長見習い中のM君ですが初めての操船に戸惑いながらも無難にこなします。風は北西の風、波なのですが潮は上潮で0。7マイルあり操船が難しい状態ですが時期に慣れる事でしょう。これで親父も安心して海に行く事が出来ます。帰港後も体調は順調で予想以上の成果ですが当面は楽しみ程度に海を楽したいと思います。そして港には。
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今日の20年ぶりの復興を願う花火大会が行われますが海上から花火を見学させるヨットが5艘係船されています。この双胴型の大型ヨッ戸に乗せてもらい会場から花火を見てみたいのですがW会長が二便で来るので乗船できません。このようなヨット理想なのですが今の親父には夢のまた夢です。若い頃はヨットにのり港から港を巡るのが夢だったのですが現在はあの世の方が近くなってしまいました。

孫と遊ぶ

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孫のかん高い声が響き幸せなひと時を過ごしている親父ですがお爺ちゃんお爺ちゃんというリクエストに親父はや体の限界に達し昼寝をしてしまいました。すると次女の早希が親父の恋人はONちゃんだと言っているのを覚えていたのか親父の隣にONちゃんを持ってきて添い寝をさせてくれます。親父目覚めると隣にONちゃんがいて尋ねると早希がしてくれたそうです。自分は家にあったパーマンと一緒に寝ているのですがこのように親父?に似てやさしい性格なのです。どこかの国の思想家が女は女として生まれたのでない。女として育てられたのだ。と言った?人がいましたが三歳の早希にそこまでして育てたとは考えにくくやはり男女の精神構造?に違いがあるのでしょう。
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そして最後まで残っていた冷蔵庫、冷凍庫、オープンショーケースの撤去も終わり孫達の恰好の遊び場となった店内ですが寂しさを感じますがこれも仕方ない現実であり、いずれ体が健常であっても将来必ず訪れる事であるとおもうと安堵感させ感じます。子供は遊びの天才といいますが見ていると本当にそうでキャスター付きの椅子を使いローラースケートのように使い座面に体をのせ足で床をけり乗って遊び壁にぶつかりそうになると足を床につけブレーキとして方向転換したりして遊んでいるのです。親父のような硬直した頭では考えられません。そして解体して残った廃棄物を最終処分場まで運び処分するのですが隣には助手として五歳の壮希を乗せ帰路、この軽トラのダンプも12年経過し来年新しい軽トラのダンプを買おうと思っていると言うと孫の口から衝撃の一言が!お爺ちゃん、来年も生きているの?というではありませんか。親父は来年も生きたいと思っているけど!と答えますがこんな小さな子供にまで心配をかけているのか?と思うと自分が情けなくなくなります。三月に親父がドクターヘリで運ばれ救急車で運ばれた函館の救急病院の現場を見ているので心に焼き付いているんでしょう!
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そして親父が反省した急遽書いた反省の一文です。遊んでいて店内の不要になったスタンプ台でいたずらしていて、いたずらが終わらないので指に着いたインクをノートの隅に押指紋させたのです。そして指紋は世界で同じ指紋はなく壮希だけの指紋だという事を教えたのですがそのあと壮希が死ぬまで一生悪い事をしないように警察に提出して置くと冗談で言ったのですがそれを真に受け大泣きしたのです。親父がいくら冗談だといっても泣き止まず母親が慰めてもダメで過呼吸になるほど本泣きになってしまったのです。そしてようやくひらがなが読めるようになった壮希にかいた一文がこれでなんとか治める事ができました。素直な子供の心をもて遊ぶ親父、親父は最低ですよね。でも親父にもそうした素直な幼少期は有ったはずです?

孫が来たあ!

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8月2日札幌から夏休みに入った幼稚園児の孫がやってきました。フエリーの船窓から出迎えの親父の姿をみると手を思いっきり振ってくれますが親父この光景を見ただけでうるっと来てしまいますが涙をこらえ平常心を保ちます。見送りで涙する人はいますが出迎えで泣く人は居ません。みな笑顔ですから。実はこの1週間前妹と弟が帰省し妹が孫の所に顔を出したら孫の壮希がお爺ちゃん元気だった?と聞いたそうです。孫にまで心配をかけている親父はどんな存在なのでしょうか?このONちゃんは南西沖地震の25年に当たる今年取材に訪れたTV局のスタッフから取材に協力した御礼に頂いたマスコットなのですが孫達の前でいざONちゃん体操をしようとすると見事失念してしまい恥じをかいてしまいました。忘れてしまうのも脳梗塞の後遺症なのでしょうか?
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親父の象徴?だと思っている北前船の最大の錨の前の簡易プールで遊ぶ二人ですがこの後簡易プールでは満足出来なかったのか二人はいよいよ海デビューです。長男の壮希は水泳教室へは行っているそうですが泳げるのか?と聞くと両腕に浮き袋みたいな物を付けて泳いでいるそうでそれならまだ泳げる内に入らないと思う親父です。親父達の時代は見よう身真似で海水を飲みながら犬かきから覚え潜ってウニを採っていたような気がします。高学年になるとアワビを取れるようになりうらやましく思っていたものです。長男の壮希は案外おっとり気味で素直な性格なのですが次女の早希は長男を見て育っているせいか積極的な性格のように見えるのですが二人とも親の言う事を聞くようでダダをこねるような事はしません。多分親父の長所を引き継いだのでしょう?理想は長所は継承し短所は切り捨てるのがベストなのですが。居間に飾ってある孫の写真を見て友人のO君は人を疑う事のないような素直な顔をしている?これなら都会の荒波の中で騙されそうな気がする、と言い親父を不安な気持ちにさせるのです。親父健常な状態なら孫をいじめるような奴は懲らしめてやる事も出来るのですがこのような無様な状態ではどうする事もできません。夏に帰ってお店を手伝うと言ってくれた店内もなにもない空間になりかけっこしようと言う孫の声で走ってみますが簡単に負けてしまい今日は筋肉痛に喘いでいます。無理するなと常に言われているのですが孫の前ではつい無理してしまうのです。孫は時間とに成長し親父は日ごとと共に衰弱する身ですから仕方たありません。孫の成長は生きて行く上での糧になるでしょう!

プチドライブ

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瀬棚港の洋上風力発電 風見鶏です。親父急な用事で函館まで行き手続きが30分位で終わったため八雲、瀬棚軽油で帰る事に決めプチドライブを楽しんだのです。今までは江差函館間の往復(約ニ時間)だけだったのですが今回は約三時間のドライブで親父本当は札幌までのドライブを楽しみかったのです。親父の場合は高速は使わず一般道を走るのが好きであっ、このコンビニ潰れてる、この建物も空き店舗になっているなど街を見て、この町は繁栄している、この町は元気がないなどと想像するのが好きなのです。その為車にはETCが付いているのですが一度も使った事がないのです。この洋上風車海上だけあり潮風にさらされ陸上の風車よりもメテナンスが大変だと思うのですがどうなのでしょうか?海上だけに陸上に比べて風が強く高率は良いと思うのですがコスト的には如何なものなのでしょうか?そいて今回の行先はこちらだったのです。
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函館陸運支局です。事前に電話で問い合わせしていたので手続きはスムーズにおわりましたが親父が驚いたのはその窓口の対応が非常に親切だった事でその後自家用自動車協会にも足を運んだのですがやはり素晴らしい接遇態度でした。マスコミを賑わせていた国交省の役人とは思えぬ?対応に親父感心しどこかの役場も見習ったらよいのにと思いました。どこかの役場も最近改善が見られますが?7月1日から親父終活の一環として軽四乗用車5台を観光協会、レンタカー事業部?に委託しているのですがその用事で軽自動車協会にも行ったのですがその時もその接遇の仕方に感心、感激していたのです。こうした接遇の仕方が今やスタンダードなのでしょうが親父のような人間には不可能です。
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そして予約ナンバーも4~5日で手に入るみたいで見慣れない模様が入ったナンバープレートもありました。親父次回は希望ナンバーにしてみたいと思います。レンタカーのほうも一応今月末で終了する予定なのですがJALPACだけは契約で止めれないので10月末で終わりますのでそれまでは細々と営業を続けます。その頃には全ての仕事が終わりな自由な人生を謳歌する予定なのですが体調が維持できるかが終活の鍵でしょう。レンタカーの仕事も終末が近ずきトラブル続きで一台は事故で使えなくなり一台は故障で使えず年に一度の繁忙期を迎え打撃は大きいですが出目金のようにゆっくりゆったり悠々と過ごします。

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