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日本国と日大王国

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最近国中を騒がせているのが官僚による情報隠しとウソに塗り固められた答弁と日大アメフト部による反則プレイです。当然ながらどちらも国の名を背負い世界に冠たる日本国のはずですが最近はその名声も陰りが見えてきたようです。世界で最も優秀と言われてきた官僚が人事を握られお友達に忖度を繰り返し一度ついた嘘の為にいつまでもウソを付き続けなければならない?のです。これは親父の予想なのですが本当の友達ならお互い悩みや困り後とを相談し合うのが本当の友達ではありませんか?それとも利害関係だけで成り立っている朋友なのでしょうか?そして最近親父が頭にきているのが日本のトップがプーチンが北方領土は返さないと言っているのになぜ経済協力をぶら下げてプーチンと確か21回も会ってな何の成果もなしにロスケ詣でしているのでしょうか?もしかしてどこかの国の大統領のように弱みを握られているのでしょうか?国後から命からがら脱出し苦労を重ねた母親もたまに国後島の海の豊かさを言いますが帰りたいとは言いません。もう帰れないものと諦めているのでしょう!
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そして最近話題を提供しているのが日大アメフト部ですが旧態依然とした体育会系の問題の様ですが多くの問題点を抱えているようです。TVでは日大ブランドなる言葉が言われていましたがそもそも日大ブランドなる言葉は虚構でしかないように思われます。ただ数の力で圧倒しているだけで数が多ければ必然的に優秀な人材もそれなりの確率で存在するわけです。まして危機管理学部なるものまで存在しているのに危機管理能力の欠如は何を意味しているのでしょうか?教育が実社会で役にたっていない証左ではないでしょうか?大学のトップがもう一度初心に帰り根本から学び直さなければならないでしょう。あらゆる組織も自浄能力を失っては再生は出来ません。いまやウオシュレットでもセルフクリーニングする時代です。高級官僚組織も日大の理事者たちもひょっとしたらウオシュレット以下?老い先短い親父の戯言と聞き流してください。たまに毒を吐きますが感染能力はありませんから。
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地域安全学会‘18春季奥尻大会

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26日奥尻町海洋研修センターで地域安全学会春季奥尻大会が開かれ、現在無職で暇を持て余している親父が祐季ちゃんの晴れ姿を見に行ってきました。祐季ちゃんは家の長女と同級生で近くに住んでいたので良く知っていたのですが島に何度も研究の為訪れていて発表の場などもあったのですが親父仕事が忙しく見る事が出来なかったのです。そしてようやくリタイアする予定の目途が付きこれからはいろんな興味ある事がらには積極的に参加し、いままでは週刊誌と新聞位しか読む習慣がなかったのですが読書する時間も出来そうです。しかし親父の頭脳は初めの30分位しか記憶能力はなく後は惰性で聞いている状態で、記憶能力の劣化が著しく低下していました。脳梗塞後のリハビリでは記憶能力のテストもあったのですがその結果は年齢相応、若干上と言うもので後期高齢者の仲間としては相応なのでしょう。
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そして階段席上から見た我らが祐季ちゃんですが長い研究生活で学んだのでしょう立派にコーディネーターを務めあげ時にはユーモアも交えて進行を務めていて会場には笑いもありました。小学生時代を知っている親父には想像以上に立派に成長した研究者の姿がありました。そして固苦しいと思われていたこうしたシンポジームも会場は何度も笑いに包まれ島の釣り名人の仲間入りもまじか?の学芸員によるレポートも笑いに包まれながら、島の婚約者?の話には隣の研究者も声を上げて笑い1400年前の恋人の話に会場は引き込まれ素晴らしいレポートでした。コーディネーターとの掛け合いもウエット?機智にぼ富んだもので大変勉強になり人間として大きく成長している事が感じられました。
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パネリストの高校生2名と稲垣学芸員ですが親父稲垣学芸員が背広を着て決めているのは多分初めて見る姿?です。高校生二人の発言も立派なもので親父自分の高校時代を振り返って見ると恥ずかしくなります。団塊世代ですから親父の場合は男子高で一学年10組あり一学級60名もいて理念は立派なのですが荒れる学校でした。ですから奥尻高校生の立派な発表態度、鋭い質問、そして聴講する生徒の態度本当に素晴らしいものでした。自分の過去を思い出し恥ずかしくなります。来年小学校に入学する孫の壮希も高校生になるまで親父が生きていたらぜひ奥尻高校に進学させたいのですがその頃は間違いなくこの世に存在しないでしょう。

両マリンクラブカレイ釣り大会

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5月20日奥尻マリンクラブ(会長 織戸 清)と青苗マリンクラブ(会長 木元 智幸)のカレイ釣り大会が五尾重量で争われました。結果は圧倒的の青苗マリンクラブの勝ちで漁業の町青苗の海の豊かさを証明しました。
一位は 松川 真智夫さん5.42キロ 二位 坪谷 正則さん5.05キロ 三位 木元 智幸さん4.86キロ 四位 田畑 稔さん4.81キロ 五位 福野 正司さん4.72キロで素晴らしい釣果でした。島の北部方面はカレイが小ぶりで南の方面が型が大きいみたいです。親父は今年は不参加でしたが昨年はみじめな結果に終わりました。そして奥尻マリンクラブの結果です。
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釣果の差は歴然としていますが奥尻マリンクラブの一位は計量時間ぎりぎりまで粘ってきて一位になった川尻さんです。カレイ釣り大会には五年ぶり位の参加だそうでして素直にうれしいと話していましたが青苗のマリンクラブの釣果を聞いて衝撃を受けたそうです。もし川尻さんが青苗マリンクラブの会員だったら青苗の参加人数15名中ビリに近かったのではと話していました。川尻さんは松江沖まで遠征し水深25~30M位の釣りだったそうですが本当は青苗地区の前浜が釣れたみたいです。
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そして奥尻マリンクラブのマス釣り大会の表彰式も行われました。やはりダントツは佐々木さんで以前ブログにupした5.38キロが最大でした。マス釣り大会は期間が定められていてこの期間以外にも3キロから4キロ台が釣れたそうです。釣れた記録を見ると4月20日前後に良い形のマスが釣れていてこの頃マスの群れが島の近辺に来たのでしょう。漁師の方は一日で良い形のマスを50本以上の釣れた日もあったみたいです。親父はこの悔しさを来年リベンジすべく船の整備にいそしんでいます。そして船室内は10年ぶりの大掃除が終わりピカピカになり後は上架して船底を掃除し塗装し完成です。

お花見大作戦

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当初予定していた5月6日の花見大作戦は雨の為今日20日に延期され、未明まで降り続いた雨も早朝には上がりました。若者の熱気が天に通じたのでないかと思うのですが巷の声は会長が雨男?否事務局?と言った声が聞かれたのですが良い天気に恵まれ八重桜も満開?でした。しかし奥尻パークゴルフ場の状態は最悪でいたる所に水溜まりが出来き排水しなければとてもプレイできる状態ではなかったのです。
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午前五時の状態ですがHさんは朝4時半から排水作業に着手し今朝は奥尻マリンクラブのカレイ釣り大会をも欠席し排水作業をしてくれたのです。(Hさんはもともとカレイ釣りは得意ではなく俺ははヒラメ専門だと自負しているのです)これだけの水量ですと親父の船の水中ポンプでは間に合わず自宅から100Vの水中ポンプを持ち込み排水したのですがそれでも小一時間もかかりました。親父は三時半に目覚めコーヒーを飲み覚醒し五時に出かけましたがOPGではすでにHさんは作業中でした。親父はすでに後期高齢者の仲間なので朝早いのは理解出来るのですがHさんはまだ若いのに感心するばかりです。そして例年この時期旧奥尻中学校の運動会の時期で例年桜が満開なのです。
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奥尻の海のコースの8番のスタート地点でこの桜の一段高い場所にゲートボール場があり建物はそのクラブハウスです。そして奥尻の海のコース9番はOPGで一番長いコースで距離95mでパー5なのですが今日は海のコースのコンディションが悪く使えなかったのです。その為ぶなの森コースを二度回るという変則的なルールで行われたのですが初めてパークゴルフを経験する若者もいて笑い声に包まれていました。
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そして会場の片隅では北海道で花見と言えばジンギスカンとばかり焼き肉台が用意されプレイの後にジンギスカンを楽しんでいました。子供釣れの家族も参加し島にもこんなに若者がいるのだなあと再認識し親父が初対面の若者もいてやはりジェネレーションギャップを感じます。こうした行事を計画し参加する若者がいる事は島もまだ捨てたものではないと可能性を感じさせます。やはり若者準備の良さも撤収の手際の良さも完璧です。そしてプレイの結果は?
男子 一位 岡本 賢太さん 二位 山田 昌司さん 三位 三浦 拓人さん
女子 一位 平木 優子さん 二位 中村 英子さん 三位 工藤 夕子さん
そして特別賞は 高橋 千恵子さん でした。  入賞おめでとうございます。今後もパークゴルフを楽しんでください。

閉店と島の変化

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皆さんのお蔭で在庫処分の目途がつき、全ての業務の残務整理ですが大体6月下旬を目的に完了する予定です。ただパークゴルフ場の運営についてはまだ未知数で後二つの業務についても完全に決定した訳ではなくこれからの細部の交渉があります。レンタカーの予約業務についてはネットでの予約は7月1日以降予約が出来ない状況になっています。8月末に台湾か入っていた予約のお客様に脳梗塞の為廃業いたします。申し訳ありませんとメールで返信した所(通知ありがとう。私は仏と祈って、店主が健康を回復する事を願っています。私は他の方法について考える。お大事に)という返信があり親父また涙腺が緩みます。台湾の人は親日的だと言いますが本当に感謝です。ネットの運営会社に聞いてみると隣の大陸からは偽造免許が多くありネットの接続は規制していると言っていましたが台湾は信頼がおけるのでフリーに接続できるのでしょう。単細胞の親父はすっかり台湾フアンになりました。
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そして奥尻の中心部交差点にある島の老舗山下トーフ店も道道39号線の改良工事に伴い解体中で一階の工場部分に豆腐製造の機械が見えます。これで島から自家製豆腐店が消えてしまいました。2700人の人口では全ての産業が成り立たなくなるのも時代の趨勢かもしれません。そしてなべつる岩から島の十字街まで10年以上の歳月をかけ住居を解体撤去し橋は9月末までに架け替えられ現在の橋は撤去され道路はより直線的になり歩道も設置されそうです。今までの道路は狭く道路の勾配が反対になっていた為冬期間は事故多発個所だったのです。
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なべつる岩方面から見た奥尻中心部ですが住居が綺麗に撤去されていますがこの防潮水門の山側に新しい橋が出来る予定です。
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工事標識ですが通常ならば無機質なコンクリートの土台なのですが左にはうみまるのモチーフが描かれ右にはなべつる岩が描かれ中央部には工事会社のエンブレムが入れられなかなかよい出来上がりです。そして仮設トイレにはご自由にお使いくださいと書かれ地域にも配慮した工事現場となっています。こうした閉店と道路工事などにより島の様子は拡大再生産ならうれしいのですがキナンポ親父の予感は残念ながら縮小が続いて行くようにみえます。
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そして雨上がり後のパークゴルフ場ですが親父モーターにより排水していると見慣れない鳥がいます。花鳥風月に疎い親父鳥の名前をきいてみると白鷲だそうで渡り鳥だそうで島には珍しくないそうでファミリーパーク公園などで見る事ができるそうです。良く見ていると芝の中を突っついているみたいで虫でも食べているのでしょうが静かに接近しようとしてもある程度の距離まで近ずくと逃げてしまいます。防衛本能なのでしょう。こうした渡り鳥が気軽に立ち寄れりる自然豊かなパークゴルフであって欲しいと思います。

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甥っ子の子からの手紙

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連休の札幌から遊びにきた甥の子供、小4年Rと小一年のKが島に遊びに来て親父に心温まる手紙を手渡してくれました。最近世の中の何でもない日常に甚く感激し言葉につまり涙腺がゆるみっぱなしになる親父は泣き顔を見せないよう冷静さを装うためすぐに手紙を見る事はできませんでした。そしてRとKがいなくなってから手紙を見るとやはり嗚咽をこらえる事は出来ませんでした。こんな小さな子供にも俺は心配をかけているのだろうと自分がなさけなくのです。最近家内はなぜ泣いているの?と尋ねるのですが日常のほんの些細な事に感動してしまうのでそれが家内には理解できないみたいで呆れた表情をするのです。そしてRは昨年はアルバイトを手伝ってもらい都会育ちなのでかわいらしい声でいらっしゃいませと甲高い声で言い看板娘だったのですが今回の閉店の意向を告げられがっかりしたみたいです。子供にはお店屋さんは楽しい職場に見えるらいく孫の壮希も春休み帰省した時はお婆ちゃんお店止めないで夏休み帰ってきてお店手伝うからと言ったそうです。店内にある物はジジババに言えばなんでも手に入れる事ができるのですから。
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そして小1年のKさんが書いた絵です。親父を心配して書いてくれたのでしょう。島内だけでなく札幌にいる子供達にまで心配をかけてしまい反省しきりです。そして閉店第一弾のグログの反響の大きさに親父昨日は朝1時まで寝る事は出来ませんでした。多くの皆さんがシェアしてくれたおかげで沢山のコメントをいただきそれを読む目がまたうるみ誤字脱字が増えたのだと思います。昭和26年から両親が朝早くから夜まで年中無休で働き親父の記憶では元旦に一日休むだけで夜明けから日没まで生きるために必死で働き酒もタバコも吸わず働き続け築いてきた商店を閉じる事は本当に残念ですが今回は体調不良という事で許してくれると思いますが親父もいろんな思いが頭の中をめぐり涙があふれて朝一時まで寝ませんでした。
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そして閉店間際(近所の家に小さな時から預けられ現在も親子?のような関係でそだてられている万葉さんから)感謝の手紙をいただいたのです。周囲の住民は高齢者で店が亡くなれば困ると言って何人もの人に泣いていただいたのですが近所には小さな子供は本当に少ないのです。そして親父また涙しながら誤字脱字のブログをかいています。この三通の手紙は親父いつまでも大切に保存しておきます。

終活に向けて第一弾

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この4か月間に3度の入退院を繰り返しすっかり体力に自信のない事を実感した親父はついに全ての事業を停止する事にきめました。二日前にも熱が出て夜間病院を受診した親父は院長からその危機的な状況を聞かされDrや病院スタッフの献身的な看病により奇跡の復活をとげた事を知らされたのです。そしてこのままでは駄目だ!命を取るか仕事を取るか?極端にいうとそのような事を言われ決意したのです。その終活の第一弾が閉店なのです。商店は亡き親父が昭和26年頃漁師として働きながら操業し夜はイカ釣り漁師をしながら日中はイカ釣り針を作るなどして苦労して築き上げ商店なので閉店は悲しい、残念な事もあるでしょうがあるでしょうが時代の流れで仕方のない事なのかもしれません。CIMG1666.jpg
思い出に残る当時の店はバラック作りの家に店の引き戸をつけただけのオンボロ小屋で親父小学校行か言っていないかの低学年の頃で家の前の砂浜に米軍の大型上陸用艦船が接岸しドラム缶を大量に揚陸しそれを警備するため米軍が拳銃を持って警備し夜になると米軍が〆ている玄関をどんどんと叩き引き戸を開けるとて手を丸めグッイと飲む真似をするので母親が水かと思い茶碗に水を入れて差し出すと違うというしぐさをし立ち去った記憶が今も鮮明に覚えています。当時の漁船のエンジンが小馬力の焼玉エンジンだったころ米軍の上陸用舟艇はデーゼルエンジンで黒い煙を上げ軽快に走る姿をみて当時の大人たちがこれだもの戦争に勝てないよなあといっていたのも思いだされます。多分アルコールが欲しくて立ち寄ったのだと思うのですが米兵は拳銃をもっていて小学生が興味を示すと持たせてくれてその重さに驚いた記憶があります。そうした過去の記憶が読み返りますが時代の流れ逆らう事はできません。多分親父も解かってくれると思います。

特大桜マス

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4月20日島の西海岸で釣り上げられた特大桜マスです。全長64センチ重量5.38キロあり親父の推計では体高30センチ以上あるようにみえます。この上のマスで2.5キロだそうですから大きさがお分かりいただけると思います。今年は例年になくマスが釣れ第一陣は2月ごろ釣れ始めそして四月中旬になって西海岸で釣れ始めたのです。この特大マスの釣れた場所は岩生地区といい島の西海岸でいつも季節風が吹きよほど良い凪の日でなければ出漁できないのですが釣り人のSさんは二時頃出漁し空が明るくなりかけた四時過ぎにヒットしたそうです。最初はそんなに強い引きではなかったみたいですが黒い海から銀鱗の魚体を光らせ上がってくる漁体を見て興奮を覚えたそうです。この岩生地区は以前水力発電所があった場所で島内としては比較的水量に恵まれている河川で発電所があったころは陸路でも行く事はできたのですが今は廃道になった道を徒歩で行く事しか出来ないのです。親父も以前マス釣りをしていた頃は川の近辺はマスが釣れる、川に帰ってくると聞き河口周辺で重点的に釣りをしたものですが当時は海岸で釣りをするアングラーを見かけ良くこんな所まで歩いて来るなあと思ったものです。その後この岩生川が渓流釣り雑誌に紹介され東京からのフライ専門の釣り師が訪れた事がありましたが其の後島の渓流釣りはミンクの異常増殖により川魚がいなくなったそうで渓流釣りの人達を見る事が少なくなってしまいました。渓流釣りの最盛期は平成14年頃で親父がレンタカー業を始めた頃で渓流釣りに行き人に車を貸すときは無事帰ってくるまで車が傷ついていないか?心配だったものです。この特大マスを釣り上げたSさん大変器用な人で海に山にオールラウンダーなのです.親父パークゴルフ場の整備時Sさんのまきりをみてその輝きに驚き触るのもビビリさらに鞘まで自作していたのです。これにくらべて親父の船に備えてあるまきりは錆びで黒くなりブリや鱈のエラを切るにも全力を注がなければならないのです。こうした道具に対する繊細さが釣果に繋がるのでしょう。

俺流リハビリ

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アルコールを一時絶ち超健康的な早寝早起きの仙人的な日常を過ごしている親父は当然の結果として早く寝たら早く起きてしまいます。今朝も三時に目覚めもう一度寝ようとして目を閉じましたが老人の常で寝る事はできません。仕方なく起きてコーヒーを入れ覚醒しそういえば昨年は連休の頃タランボを食べた記憶があり山へ行く事に決めました。山と言っても自分の山ですから毎年行って獲っているのでお手の物です。そしてボートフックと道具入れえお用意し軽トラに常時積んでいるビニール手袋だけの簡単装備です。島には毒蛇や熊がいないのでだれでも簡単に山に入る事が出来るのです。そして目指す山林に入山しますが杉林の中で薄暗くタランボは見つける事は出来ず五時頃になりようやくタランボを見つける事が出来ましたが自分家の山はまだ早いみたいでまだ蕾の状態でした。
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そして帰路道路脇に良いタランボを見つけそこへ入るとちょうど良いタランボが木は小さいのですが沢山生えています。タランボ撮りを経験した人はお分かりだと思いますがタランボはある一定の条件の下で生えてきやすいのです。結局ここで大半のタランボを採り今年の初物となったわけです。親父はこのタランボが山菜の中では一番好きでグルメでない親父でもタランボの独特の苦み?えぐみ?が好きなのです。そして山の不整地を歩くので全身の筋肉が鍛えられそして絶妙のバランス感覚も鍛えられ最高のリハビリだと思えるのです。歩くにしても足を高く上げないと草に邪魔されつまずくと転びそうになり転ばない為に全身の筋肉を使いボートフックを杖替わりに使いそして手の届かない所は伸縮自在のボートフックで手元に引き寄せて獲ると言うまさに親父にドンピシャなリハビリなのです。そして単独での行動なので体力のない親父でもマイペースで歩き回る事ができるので無駄な体力を使わずに済むのです。親父入院中は一日も早く常生活が出来るようにとなろうと必死でリハビリし理学療法士の忠告も聞かずリハビリしすぎて翌日は筋肉痛で悲鳴を上げた事もあります。
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そして山中には強風で引き裂かれた杉の木が見えます。この杉で20年以上経っているのですが日当たりが良くないのと過密すぎる植林の為と手入れが行き届いていない為細いのですがこうした風倒木は今年はいろんな山で見られました。例年以上の強風が吹いた為なのか?それとも山の神が親父の入院にショックを受け荒れ狂ったのか?親父は後者であって欲しいと思うのですが。

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