
1月30日家内と共に函館の病院へ検査に行きショピングセンターのATMへ行きその帰り急に右足に力が入らなくなりその場へ倒れてしまいました。家内に掴まり119に電話し救急車にのり親父が通院している病院に連絡した所受け入れてくれる事になり函館脳神経外科にサイレンを鳴らしながら向かいますが救急車に乗るのは初めての経験です。途中救急隊員が手際よく処置し色々聞いてきますがさすが慣れたものでテキパキと処理してくれます。本当に感謝です。そして病院に到着し直ぐにMRI検査をし担当のドクターが脳梗塞で以前にも経験していると言う家内への説明を聞いて親父死を覚悟します(今は3時間半以内ならば助かるそうで聞けば親父の周囲にもたくさん脳梗塞を経験した人は沢山いましたが)。今思い出せば脳梗塞の前兆があったのですが親父がその前兆を知らなかっただけなのです。29日夜8時頃TVを見ていると画面が二重に見え、また翌日奥尻空港でもゲートを通る時また右足に力が入らなくなりゲートにつかまり転倒を免れ杖をついて飛行機に乗ったという前兆があったのです。

そして函館整形外科のSCU(スクロールケアユニット)に一週間入れられ治療を受けたのですが病院のICUみたいな所で周囲は重症度の高い患者さんや手術後の患者さんが沢山いて看護師さんが24時間注意深く見守っています。パソコンのTOP画面には気配り、目配りと表示されていてその目配り、気配りは素晴らしいもので親父洗面台に行くと誰かが直ぐライトをつけてくれトイレにも付いてきてくれ面倒みてくれます。そして採血した後にも親父にありがとうございますといいます。親父いままで函館の西堀病院が一番サービスが良いと親父の数少ない病院経験の中で思っていたのですがそれを超えるサービスで感激です。そして親父は無知から人生の終末を予想し兄弟、孫に見送られるのを予想し一番良い病室を予約してしまったのです。その為医療費より高い病室になってしまいながらもこうして後遺症もなく退院し嬉しい結果になってしまいました。

バス、トイレ付きの個室なのですが朝3時から4時の間に必ず目が覚めてしまうのです。そうすると週刊誌を読み朝のTV放送を始まるのを待つのですがSCUにいた時も必ずその時間になると目が覚めてしまうのです。自宅ではこのような事はないのですがなぜ病院では熟睡が出来ないのでしょうか?朝早く元院長が僕の部屋をわざわざ訪れ良く寝れましたか?と尋ねるのですが病院では熟睡できないのが普通なのでしょうか?元院長には日曜日も平日もわざわざ病室を訪れて頂き感謝ですがこうした元院長の行動が病院職員にも反映されているのでしょう。

そして親父の病院食はご飯が145グラムカロリーは3食で1400カロリーに制限されてしまいましたがほとんどがベットの上の生活なのでこれで十分なのですが病院ではやはり食事が一番の楽しみです。そして食事の内容も親父の好きな魚類、肉なども多く手がかかっているのが分ります。いままで親父が入院を経験した中でも多分TOPクラスでしょう。リハビリも経験し親父の頭は年齢相応以上で問題はないそうで認知症の予兆もないそうです。昨年の暮れから病魔に取りつかれ島の絶好の話題になった親父ですがもうこれ以上の話題提供はない事を望みます。入院期間中の大雪の時にも船の雪を排雪してくれた友達に感謝です。親父が回復出来たのもこうして協力してくれた仲間がいるからでしょう。