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北前船錨の謎?

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親父の家の横に鎮座する北前船の錨ですが新年早々差出人不明、取扱い局不明の年賀状が親父宛てに届きました。内容は真偽不明ですが多分この錨に関するものなのですが内容は非常に興味をそそられるもので親父の推理では島内在住?の方ではないか?と思うのです。内容からすると明治中頃の話なので多分伝承された内容だと推察されまた文章も整っていますのである程度の年代なのではないか?と親父なりに推定しました。
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非常に興味をそそられる内容ですがこの海象からすると南西の強風が吹き弥右衛門崎座礁するなら状況が一致します。そして親父が飾ってある錨は旧青苗港沖で昭和29年頃引き揚げられた物なのでやはり一致します。しかし千両箱のくだりは?と首を傾げます。当時は船箪笥という凄い丈夫な箪笥に貴重品は入れられていたはずで親父の家にも船箪笥は小さなものですがある(今は親父の薬入れとして使われている)のですが本当に重くて簡単に持ち上げる事はできません。ましては座礁している船上では無理です。親父明治の頃北前船が現在の奥尻空港下で座礁し救助に向かった島民が一人亡くなったと言う話は青苗の住人から聞いた事があります。親父暇になったら調べてみたいと思いますが明治以降は鎖国が無くなったので沈没してもその記録は無くみたいです。江戸時代は鎖国中なので外国へ行けないように錨の重さからロープの太さ、長さまで決められトン数も制限されて沈没などの確認もされていたみたいです。
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そして地名から親父の名前まで正確ですから多分島内の方と思われるのですが多分伝聞したものだと思うのですが詳しく話をお聞きしたいものです。北前船の話を聞いた事がある人はぜひ親父に話を聞かせてください。来月から仕事に余裕が出来ますので北前船に関する事ならどんな話でも結構です。今も島の回りには沢山の北前船の錨が沈んでいますのでこれも何等かの縁でしょう!興味は尽きません。
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大雪と係船トラブル

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19日は夜深々と雪が降り続き島には珍しく大雪となりました。船が新しい時は朝起きたらまず船の除雪を最初にして、その後家の周りの除雪というパターンだったのが最近では順序が反対になってしまいました。やはり男は若くて新しいのは大事にするみたいです?この日の雪は軽い雪だったので船の除雪は簡単におわりましたが湿った雪は船にとって大敵なのです。思い雪が船に積もると重心が高くなりいとも簡単に転覆してしまうのです。確か7,8年前親父札幌に行っている間に湿った大雪がふり漁船と作業船が転覆するという事故があったのですがその時は親父の友人が船の除雪をしてくれ助かったという事があったのです。その時親父のHFの三エレのアンテナも折れてしまった事もあったのです。そして除雪の為船首へ行くと三本の係船索のうち一本が切れているではありませんか!
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この日は大時化でなかったので切れる事は考えられませんから前回の大時化で断裂されたのでしょうが親父今まで気がつきませんでした。なんという鈍感な親父でしょう!そして船尾側岸壁を見ると岸壁と船の間の手製の緩衝材のフロートがロープが擦り切れ流れていてすぐに回収します。そしていつもお世話になっているSさんまで持って行き直してくれるようお願いします。
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そして出来上がったのがこれです。恥ずかしながら不器用な親父はもやい結びとクリートのエイトノットとアンカーの結びかた三種しか出来ないのです。この三種類が出来れば海の上では最低限大丈夫でしょう。親父がその見本ですから。マリーナなどで見かけるフロートは外側を巻くロープがないので船を傷つける事が無いのですが親父の場合はこの接触するロープが船体に接触し外側の塗装が剥げてしまうのです。その為親父次の対策を考えているんですが来週中には対策が終わる予定です。
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そして設置の様子ですがこれで一安心です。そして親父まだ決算が全く手つかず状態なのでいつ海に出れるのか見とうしが立たずにいるのです。雑用が多すぎ決算まで手が回らないのです。冬は心配を除くためにもやはり陸上保管が安心です。

ぼけた?認知症?

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連日の雪掻きでお疲れモードの親父ですが二日続けてのミスをしでかしました。まず朝の歯磨きの時歯磨き粉ではなく洗顔用ビオレを使ってしまい、いつも歯ブラシは固めを使用しているのですがなぜか柔らかく感じている内に口腔内から柔らかい泡が口から出てきます。歯ブラシに側にあったビオレを使ったみたいなのです。そして一昨日風呂場では
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シャンプーしようとしてシャンプーをかけたつもりなのですが泡だたず短い髪がしっとりしてきたのです。親父神が短いのでいつもシャンプーだけなのですがどうやらリンスと間違えたみたいです。同じメーカーですので間違いを防ぐため容器の形を少し変えたらと思う親父です。そしてこの日除雪をしていてトラクターの後ろの大きなタイヤを電柱にぶつけたのです。幸いスピードが出ていなかったのとタイヤだった為事なきを得たのですがミスの連続です。親父ぼけ老人の仲間入り、それとも認知症の前段階?と不安になります。トラクターの運転に関しては最近自信が着いたのですが慣れるに従い建物ギリギリまで寄ってしまい建物に傷をつけるようになってしまいました。初心に帰り安全第一に帰らなければなりません。注意しているつもりなのですが注意力が衰えているのでしょう。皆さんキナンポ親父を見たら要注意ですよ!

今年一番の厳冬

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昨日は日中で-7度を記録しフエリーも二日欠航し親父毎朝6時からの除雪でお疲れモードです。それでも雪質は軽い粉雪なので作業も案外楽でした。そして明日明後日はまた最強の寒波が来襲するみたいですが親父最近の天気予報は少し大げさなのではないかと思います。被害がない事がベストなのですがいつも最強とか非常に強いと言っていると慣れっこになって警戒しなくなるのではと思っているのです。そして今朝は池も見に行く時間がありましたがなんと池の表面に氷が張っているではありませんか!親父この状態は初めて見ました。そして周囲を見渡すとアルミの戸が3センチ位開きそこから雪が入りこんでいました。
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大きな金魚は水草の下で集団になり動きませんがたまに胸鰭を動かしますので生きている事が分ります。鯉は岩の下に隠れ見る事はできませんが大きな鯉だけは岩の下に隠れる事が出来ず尾を動かしますので生きている事が分ります。そして温度計で水温を計るとなんと0度なのです。親父冬に水温を計った事がなかったので驚きです。湧水を使用しているので冬は暖かいと思い込んでいたのですがそれにしても0度とは。戸の隙間から冷たい外気温が入り込み0度になったのでは推理するのですが?
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朝玄関前には狸の足跡がありますが狸でラッキーでした。島には野生化したミンクがいるのでミンクなら3センチの隙間から池に侵入し金魚、鯉が食べられる可能性があるのです。以前は島の川に多くのイワナやあめマスがいたのですが現在はミンクに襲われ絶滅状態になってしまったのです。親父レンタカーを始めた15年位前東京から二人で川釣りに来たお客様が岩生川(車から降りて一時間位歩く)で大物を釣り逃げられて翌日の飛行機をキャンセルし、またチャレンジしましたが逃げた大物は釣る事が出来ず翌日今度はフエリーで帰ったお客様もいました。何故島の事を知ったの?と尋ねると雑誌で見て島に来たそうです。なつかしい思い出です。

桜ますライセンス

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今年のマス釣りライセンスの漁業者用ライセンス章旗です。1月10日から5月21日までがその期間で旗の色は漁業者がこの色で中に丸漁と書かれていましてレジャーは丸の中のPと書かれていて遊漁船は丸の中に遊と書かれています。親父昨年まではPだったのですが今年は漁と表記されていまして順組合員になった証明です。ライセンス料は漁業者は3000円でレジャーは7000円で一日に釣れる数は10尾までですが漁業者は制限がありません。これが利点なのですが残念ながら数多く釣れる事は現在ではめったにありません。
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これが桧山管内のライセンス制度が適用される海域なのですが30年位前は奥尻島がやはり一番釣れていたのですが現在では桧山沿岸海域のほうが釣れています。親父は島では幻の魚になってしまったと思い、ます釣りは20年位止めていたのですが昨年からライセンスを取得したのですが釣果はゼロでした。過去のように最盛期の四月五月に釣れなくなり1月2月に瞬間的に釣れるようになりその後はめったに釣れなくなったのです。このライセンス料は鮭マスの養殖事業の為使われると言う約束だったと思うのですが現在では桧山管内では鮭マスの養殖は行われていないと言う矛盾があるのです。昨年からは鮭マスは全く放流されていなくニシンが放流されているそうです。
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そして昨日奥尻地区のKさんがウエスにしなさいと洗濯したバスタオルをきちんと切り大きさをそろえわざわざ持ってきてくれました。魚を一度もあげていないのに感謝です。正月二日にも出漁した人は20尾ぐらい釣れたそうなのですが昨日出漁した人は潮が速く一尾だけだとぼやいていましたがその一尾は親父の口に入ってしまいました。行けば釣れるのは分っているのですけども親父零細事業者なので決算準備で忙しく出漁できないのです。それが終われば出漁できるのです。親父の感では例年建国記念日前後が釣れる時期なのですが決算準備が終わり次第プロとして頑張ります。気力負けにならなければ良いのですけど?

新年早々の病院

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一月四日函館山に沈む太陽ですが湯の川方面から見れば見ればこちらが西の方向なのですね。島では太陽は海の彼方の山(北海道)から登り島の山に沈むものだと単純に考えていたので函館の東西南北にはほとんど感心が無く海に沈む太陽は綺麗でした。そして親父正月早々整形外科へ行き膝の水を抜き関節注射をしたのです。いぜんと同じ病院で三年前から膝の関節は完全に悪化しているとの診断なのです。本来なら人口関節を勧めるとの事なのですが親父船に乗っている事を知っているので人口関節は無理なので当面は今の治療をして様子を見てみようとの結論だったのです。そして五日今一便しかないフエリーでの帰島となったのです。
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朝の天気予報では北の風波の高さ3mと言う予報だったのですが江差の海は穏やかでとても3mの波には見えません。江差を出港して親父すぐに爆睡しますが40分後激しく波にぶつかる音と激しくピッチングする上下動に目が覚めると客室の前部窓に激しく波がぶつかって流れています。この画像は波で船首が持ち上がりこれから沈む瞬間?なのですがこの後船首から波が襲うのです。窓が常に濡れているので鮮明ではありませんが写真を撮るにも船は常に上下動しているので左手で窓枠につかまり右手だけの撮影なのです。そしてトイレに行くと乗り組み員が水道の蛇口にビニールホースを繋ぎトイレを掃除しているではありませんか!
ゲロしている人がいるの?と尋ねると一人や二人ではないとの話です。揺れる船上で掃除する船員に感謝すると共にその船員は揺れる船上で手すりにもつかまらず歩いて行きました。さすがベテラン乗組員です、親父は手すりに捕まらなければ歩けませんでした。
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海水に襲われ鮮明な画像ではありませんが波が船首を覆う様子です。このアブローラ奥尻は今年四月末日までの運行で五月一日からは約1000トンも大きな新造船になるので今度は少し楽な船旅になるでしょう。その上スタビライザーも着くので揺れも少なくなると思われますが親父スタビライザー付きの船にまだ乗った事がありませんので効果のほどは確認できません。親父三日に函館に出かけたのですがその時はベタ凪で江差まで一度も揺れず、正月と言う事で子供釣れのお客さんが何組も乗船していましたしペットを連れたお客さんは他のお客さんに迷惑をかけないように通路に毛布を敷いて寝てペットはゲージに入れその上に布をかけていました。新造船ではキッズルームやペットルームが備えられているので格段に進歩しているそうなので期待大です。そして今日は25分遅れで奥尻港に到着です。江差の漁師の諺に(北風吹いたら奥尻に行くな。)と言うのがあるそうなのですがやはり本当でした。と言う事は親父若かりし頃(ヤマセと馬鹿息子夜騒ぐ)と言われた事も本当なのでしょうか?

島の神社めぐり

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明けましておめでとうございます。いつも親父の拙いブログに訪問してありがとうございます。老い先短い親父は心の健康の為思う事を思いつくまま浅慮せずに発信して行きたいと思っていますので気に留めず訪問してください。よろしくお願いいたします。昨日はお正月とは思えぬ暖かさに棚卸を止め島の神社めぐりに始めて挑戦しました。ここは島の中心部奥尻にある奥津神社です。まず最北の稲穂地区にある鷗崎神社です。
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急な階段30段を上がった所にありここはシベリアからの季節風が強い為風よけの板で囲まれ正面の左側から入ると神社が見えてきます。CIMG0721.jpg
これが鷗崎神社の正面ですが右側に風よけの囲いが見えます。あの南西沖地震の際はKさんが波に追われながらもここまでたどり着き助かったと言う話を聞いた事があります。
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そして勘太浜地区にある神社ですが親父神社名を知ろうと周囲を見渡しましたが名前のわかるものはありませんでした。正式な神社ではなく集落の神社なのかもしれません。そして親父このほか名前の分らない神社が四か所もありました。
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そして島の観光名所にもなっている宮津弁天宮ですがここは急な不規則な階段がたしか168段もありますので元旦から体力を消耗したくないので道路上からの撮影です。ここは昔昔島が犯罪人の流刑地となっていた頃番所になっていたそうです。たしかにここに上がればこの奥尻海峡を通過する船は全て見渡す事が出来るのです。だれですか?親父の先祖は島流しになった犯罪人だろうと言う人は?
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そして東風泊地区にある海洋神社ですがここは鳥居が新しくなり多分地震後被害を受け新しく建て直されたのかもしれませんが神社本体は年代もので鳥居と比べてギャップがあります。ここの階段も49段もあり登り降りは大変なのですがここは手すりがあり案外らくでしたが稲穂の神社は手すりが無く親父の腰、膝では恐る恐るでした。それにしても神社はなぜ高い所にあるのでしょうか?津波から逃げるという先人の知恵なのかもしれません。
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島の中心部にある奥津神社ですがここは初詣での為に灯りがともされていて参拝者も多いのでしょう。ちなみの親父はこれまでの人生で初詣に行ったことは数度しかありませんが結婚式は神式で足がしびれて参列者の爆笑を買った事があります。
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そして親父が船の事でお世話になっている赤石地区の保食神社ででここも初詣の為の灯りが灯されています。
そして南部地区に行き松江地区の小彦名神社です。
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鳥居も立派でこの神社の階段は41段もあります。やはり高い場所にあり神社本体も立派なものです。
そしてあの南西沖地震で津波で有名になった青苗地区には
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伊勢神宮の解体した材料で作られた言代言神社があります。この原材料は島の運輸会社と建設会社が大型トラックをだし島まで運びそして専門の大工さんが建てたものなのです。この他室津島にも室津島神社がありますがこの時期は当然島に上陸する事は出来ず夏に室津祭りが行われ非常に評判の良いお祭りです。
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冨里地区にある神社ですがここも周囲を見渡し名前の解かるものを探したのですが見つかりませんでした。
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米岡地区にある神社ですがやはり名前は分らず参拝者の足跡も数えるくらいしかありませんでした。そしてすぐ側には
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この地区を開拓した開拓者の碑がありました。
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島西側で唯一の神社神威脇地区にある神社ですがやはり名前は確認出来ませんでしたが参拝者の足跡は多数確認できました。これで島の神社は全てだと思うのですが名前の分らない神社が四個もありましたが正式な神社ではなくその地区で管理する神社?のようなものなのでしょうか?そして帰路
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ほや石の滝ですが今年は暖気なので例年のようにしぶきが凍らずあまり綺麗ではありません。寒波が強いと滝から流れる水は強い西風で舞い上がり凍り幻想的な美しさになるのです。自然が相手ですので同じ型美しさはありません。

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