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栗の花

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最近は腰痛の為釣りにも行けず力仕事が出来ないためおんこの剪定など見よう見まねでしていましたが剪定後の枝を山にもっていおき堆肥にすべくまとめておいてありますが今年は栗の花が例年にない位咲いています。多分今年は栗は大豊作の予感です。山の物は1年毎に豊作、不良を繰り返すといいますので今年は豊作みたいです。これだけ花が咲いてても実をつけるのはほんの一部で連なる花の根本に小さな丸い黒い?ものがあるのだけが栗の実になるのだそうです。聞いた話です。
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魚は森からと言いN君が一生懸命草刈りし山にコンポストをおき栄養を与えた調理師の森の栗の木の様子です。良く手入れがされておりここはフットパスの奥尻ルートにもなっています。
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そばには南西沖地震20周年追悼植樹祭の看板が立っていましたが年々記憶が薄れ先日東北から復興の視察に見えたお客様は奥尻のようにならないように頑張ると言っていたのが印象的でした。奥尻の場合は災害復興ではなく災害復旧であり現状をみれがおのずと明らかです。コンクリートは復旧の為であり復興を支えるのは人であり生活を支える産業だと考えるキナンポ親父でした。やはりキナンポ?
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奥校スキューバ授業 Ⅱ

今日、明日とスキューバ授業が行われると聞いて赤石の浜に見に行ってきました。早朝のガスもはれ太陽も照り最高のコンデションです。道路から見た浜の様子です。
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どうですか?きれいな海でしょう!奥尻ブルーです。きょうはNHKのカメラマンも撮影に来ていましがいつ放映されるかは聞きそびれました。今日はインストラクターの指導の下おぼれている仲間の救助訓練だそうです。
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インストラクターの元一生懸命とりくんでいましたが時には笑い声も聞こえそして沖のほうには潜水している人もいると見え泡がぶくぶくと海面に浮いてきていました。
集合の様子ですがそばにはボンベがおいてあります。この生徒達はまだ1年生なので基礎的?訓練を受けているのでしょう?P1000721.jpg
間違ってたらごめんなさいね。親父前回奥高祭をとりあげた時前から見てもフナッシー後ろから見てもフナッシーと書きましたらKさんから後ろはタカッシーだよと教えてもらいましたが親父タカッシーなんて始めて知りました。其の位時代から遅れているのです。
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どうですか?この海の透明度!奥尻は透明度が21m?あります。ヨットで日本一周中のヨットマンが良く奥尻に立ち寄りますが親父(親父本当はヨットが好き)話を伺うと日本で一番海の綺麗なのは東京都の父島、母島だそうです。次はやはり沖縄が綺麗だそうです。そして日本海に入るとお世辞は本当か奥尻がきれいだといいます。このきれいな海を守りたいものですね。

うに取り始まる

今日16日待望のうに取りが始まりました。これから約1か月間毎日続けられます。試験操業の結果はここ数年で一番実入りが良いそうで一人一日55キロまで取れるそうです。
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島のうに取りは潜水ではなく磯船で箱メガネで海中をのぞきほこの先についたタモ網で救い上げる方法です。
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電動船外機で巧みに船をコントロールしながら取り続けますが同じ55キロのウニでもその取る場所によりうにの実入りの良し悪しで結果に差があるようで海藻の生い茂って場所のほうが実入りがよいそうです。
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手前が身を取ったうにで奥は割れた状態です。
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左上がうにを割る道具です。親父の頃はマキリをさしてキュッと右にねじり割っていましたがやはり進歩しています。
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取り出したウニですが無菌海水に入れられ焼酎のペットは(冷凍庫で凍らせた状態)で冷やされていて低温状態を保たれています。
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そして内臓などを取り除き出荷される状態がこれです。うにを割る人。身を取り出す人。取り出された身を綺麗にする人と分業化されています。そして残念な事に例年ならキロ6,000円位で買えたももが今年は8,000円もするのだそうです。
キナンポ親父お勧めの奥尻のうに、ぜひ食べに来てください。

孫帰る

今日日曜日孫が飛行機で帰りましたが帰りのHACは機材整備の為出発が遅れるトラブルがありなんとか夜8時過ぎ無事帰宅したそうです。この1週間孫中心の生活でしたが性格も少し理解できたようにおもいます。
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親父愛用の軽トラでの様子です。暇があれば軽トラで公園に何度も散歩に出かけますが段差などで一度転ぶと次は必ず立ち止まり手をついてから乗り越えます。安全第一で用心深い性格のようにみえます。芝生の上を歩いていても小さなタンポポが咲いていると花を避けて歩きます、やさしい性格のようです。そして親父が驚いたのは車を止め運転席に一時座らせると勝手にウインカー、ワイパーそしてシフトレバーを動かしたことです。運転中の様子を見ていたのでしょう。気を付けなくてはなりません。P1000668.jpg
親父の顔を見るとジーといい両手を広げだっこを要求してきます。すごいうれしいのですが腰痛持ちの為抱き上げるその動作がつらいのですが壮希の笑顔を見ると頑張れるのです。そして近所のKさんがこのアンパンマンと押して歩いたりいろいろ操作できる玩具を貸ししてくれました。親父の家にはこうした子供用の玩具がないのですごい助かりました。これが田舎の良いところです。そしてすねた時は両手をつき頭を床につけすねます。自分の行動がうまくいった時は両手を前に差出し手のひらを小さく上下させるなど特徴があります。そしてあまり人見知りせず側に行くなど親父に似ず社交的みたいです。いずれにせよこのまま素直に、健康に育って欲しいものです。娘に聞くと生まれてからまだ一度も病気で病院にかかった事がないそうです。
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そしてこの椅子なんと36年前家の娘たちが使用していた椅子です。なぜ今頃まで健在であったのかは親父知りませんでしたが2階の納戸にありました。娘が使いそして今また孫が使うなんか不思議なものを感じます。孫がいない家は静かです。朝から孫が寝るまで壮希、壮希どうしたと言う声が響いていましたが夫婦二人だけの生活は会話も弾まず本当に静かな生活に戻りましたが親父今日秤に乗りましたら1週間で1キロ減りました。まだ居てくれたらダイエットに成功するのにと思う他力本願なキナンポ親父でした。

孫の突然の来島

孫が6日突然来島しました。土曜日札幌に友人の結婚式に夫婦で招待されその上孫の壮希まで花束贈呈の大役をまかされ旦那の腕の中でずっと泣き続けていたそうです。たぶんキナンポ親父に似てデリケートなのです。悪い所は似ると言いますから。翌日飛行機で来て空港まで迎えに行くと今年はキナンポ親父の側に来ても泣かずにチャイルドシートに座っています。昨年は側に寄るまで3日間かかりましたが今年はだっこと言うと両手を広げて笑顔で寄ってきます。親父孫の為なら腰痛も我慢しすぐ抱き上げます。親父だっこするので写真とる暇がありません。
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1年ぶりの孫の壮希です。笑うと顔面すべてが笑顔の表情になり左側にえくぼができます。そしてじーと言い両手を広げ笑顔で寄ってきます。ほんとうに偽りなくめんこいものです。綾小路 君麻呂にいわせれば年金でる頃孫がくると揶揄していましたが近くならそれも有りかと思うのですが1年に一度しか会えないので余計にめんこいのです。あと何日島に居れるのか?親父夜になるとくたくたで早寝になりました。

賽の河原の石?

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道南3霊場の一つで島のある賽の河原の入り口です。昨日レンタカーに残されていた石(多分賽の河原の石)を賽の河原に返しに行ってきました。島では昔から賽の河原の石を持ち帰ると良い事はないと言われているのです。
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この地蔵様の前に石を置き合掌してきましたがなぜ観光のお客様は賽の河原の石を持ち帰ろうとするのでしょうか?我々には感じない霊感?を感じるのでしょうか?実際石を持ち帰り不幸な出来事があり石を持って賽の河原にきて僧侶の読経の元に石を返還した人も親父の知人におりました。そして今日はめずらしくトロ凪です。
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全島一斉のあわび取りの日になりました。島のアワビ取りは不公平を避けるため島の全域が凪でなければなりません。賽の河原周辺は岩礁地帯であわび、ウニの好漁場なのです。其のため磯波があれば磯船が転覆する恐れがあるのです。アワビ取りは漁師の熟練の技が光り取る人取るない人の差がでるのです。そして賽の河原はなぜかキャンプ場にもなっているのです。霊場とキャンプ場妙な組み合わせですよね。
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キャンプ場には自転車で日本一周中の元気な親父位の年代の人が自炊して遅い朝食中でした。無事日本一周達成される事を!

奥尻高校学校祭

5日、6日と奥尻高校の学校祭が行われ行燈行列が奥尻地区で行われました。奥尻、青苗と毎年交互に行われ模擬店がでるなど全校生徒47名の割には父兄の協力の元盛大に行われています・1年生は
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くまもん(?)かな?違っていたらごめんなさい。親父年なので最近のはやり物は知りません。
2年生は
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ふなっしーです。これなら親父でもわかります。そして後ろから見てもふなっしーです。3年生は
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キティちゃんです。前から見ても後ろからみてもキティちゃんです。小規模校ながら上手なものです。多分先輩から受け継がれた伝統なのでしょう!そして最後尾の電源車には奥尻高校スキューバダイブの旗がなびいていました。
画像の後ろの建物は木造の2階建の建物は奥尻町役場で隣の鉄筋5階建ての建物はK組の建物です。復興特需の後の力関係を表して(?)いるようです。奥校生は元気です。親父50年前はこんなに元気でなかったように思います。内気な鈍感な目立たない生徒だったのです。
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行燈行列には御祝儀が上がるなど地域に根差した行事なのです。

火事その後

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父の思い出

昨日は父が亡くなりちょうど3年目でした。戦後の大変更点となった(?)最悪の日ですが戦時徴用されアリュウシャンまで行き予定された輸送船(潜水艦の魚雷で沈没)に乗らず危機一発で命拾いした父はどのように思うのでしょうか?P1000634.jpg
酒もたばこも賭け事もせず真面目一筋の父で母に言わせると帽子も真っすぐにかぶらないとダメな人だったそうです。これは小泉内閣の時に頂いた旭日単光章ですが役場から受賞の話が来た時そんなものはいらないと一度断ったのですがまた職員が訊ねて来ていただくことに決めたものなのです。昨年3回忌だったのですが親父NHKの撮影で海上にいて時間に間に合いませんでした。弟に挨拶をお願いしたのですが終了後弟が挨拶文を置いていきましたがその内容が父を表現していますので紹介します。
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さて、次男として生まれた私から父のエピソードを一つ披露させていただきます。父は皆様ご承知のとうり、酒もタバコもやらない、どちらかと言えば真面目で頑固一徹の人間でした。私が小学校の頃、兄も姉も島を出ておりましたので、父の説教相手は私だけだったのか、よく言われた言葉があります。
「日本は資源のない国だから、原材料からモノを作って輸出で生きていくしかない。だから勉強が大事である。」というような感じだったと思います。しかし、父の教えに背きあまり勉強しない私でしたが、社会人となってある会社にいた時、出張で100回ほど海外に行く事がありました。その頃、いろんな国の人と議論したり、また彼らの見るにつけ「日本人はなんと素晴らしい国民なのか」と強く感じるようになりました。というのは、日本人は矜持、これは(自信と誇り)ですね。惻隠の情と言う(思いやりの心)を持っています。この矜持と惻隠の二つの言葉はほとんどの外国人には縁がないと思っています。
日本はたしかに資源のない国ですが、国民性、言い換えれば日本人の気質、との世界に堂々と誇れる財産があります。
私は近ちか隠居の身にて、あの説教から約50年が経ち、今更ではありますが、父の教えを守って「この国民性と言う財産を活かし、アジアあるいは世界とどう向き合っていくか?」とのテーマで勉強し、更には行動に移して、少しはこの国の約に立ちたいと考えるこの頃です。今日は父の墓前に、隠居したら60の手習いでちゃんと勉強するよ、と報告してきました。父は数十年ぶりに教えを守ろうとする息子に、おそらくノーとは言わないとおもいます。
  略
父と次男の思いが表れていますがキナンポ親父はまだまだ父を超える事は出来ません。なぜならキナンポだからです。親父一生懸命母と池の鯉を守っていますので安らかにお眠りください。

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