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奥尻のキトビロ

ようやくようやくキトビロのシーズンが始まりました。まだ最初なのであまり太くはありませんが島からの今年最初のプレゼントです。島は暖流に囲まれているので雪が解けだせば解けるのが速いのです。今日のキトビロです。
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これで7.5キロで左側が大、右側が小です。比べるものがないので大きさは分りにくいのですが良い型です。これからどんどん採れるようになるでしょう。昨日一昨日と山には車があちこちにいたそうです。親父年度末、それに消費税と今山に行く暇がないのです。個人事業者なので値段の変更からレジの変更商品をすべてレジに打ち込まなければならないのです。とれで来年また同じ作業するとなるとバイトさんを使っても寝る間もないぐらいの大仕事なのです。同じ上げるなら一度にあげろ!安部のバカヤローと言いたくなります。
奥尻のキトビロはなぜ臭いがきつくないのか?親父の偏見ではキトビロはブナの腐葉土で育ち海風のミネラルを吸収しているから?ではないかと思っています。そういえば毎年関東から5,6人で飛行機でキトビロを採りに来る人達がいます。1月からジムに通い体を鍛え毎年4月の最初の金、土、日に飛行機予約し雨対策も万全の用意をしてにこにこしてやってきます。話を聞いてみると10年前までは道内のある所へ行っていたみたいなのですが熊、毒蛇はいるし安心して山に入れないみたいで奥尻の話を聞き一度来てみたら奥尻の虜になったみたいです。いずれにせよ島の豊かな自然の恵みに感謝です。夜もふけたので切れてきましたのでビール飲みながら仕事します。
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奥尻町営整備工場

奥尻町には民間の整備工場がない為昭和48年にそれまであった民間の整備工場(フエリー会社の経営)の撤退にともない全国でも珍しい町営整備工場として発足しました。P1000358.jpg
建物はかなり老巧化していますが現在は車検のピークで週に20数台のペースで車検を上げているそうです。町営なので整備代金の条例?で決められているので奥尻でいえばタイヤ組み換え工賃などは民間にくらべれば500円位安かったり
手抜き?車検などなくしっつかり仕上げます。事故の際の見積もりなどもしっかりしていますので民間の自動車保険のアジャスターもほとんど来ることがありません、そのくらい町営と言う事で信用されているのです。職員は公務員なのでその代り土日が休みなのでその点が住民にとっては不便かもしれません。
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車検場の内部です。数年前工場の100m位上にある砂防ダムの底の部分が決壊し土砂が押し寄せ車検が数週間出来なくなりましたが其の後復旧し現在に至っています。多分現在島にある車は2、000台?位否もっとあるまもしれません。
2003年にCAR GRHICと言う雑誌に全国でも珍しい町営整備工場として紹介されていますがその時で2,600台あったそうです。その時は島は復興バブルの時なので現在は高齢、過疎化なので多分2,000台位でしょう。親父整備工場には仕事の関係で毎日お世話になっていますので職員の皆さん町民の為益々頑張ってください。昨日今年最初のキトビロSさんからいただきました。やはり奥尻のキトビロは最高です。

見かけない鷲

 最近1週間ぐらいいつもの場所に大鷲、オジロワシを見かけなくなりました。今日もPM2.5で霞む中注意して空港往復しましたが見つけれませんでした。最後に見たのは10日位前におじろ鷲が最後でした。今年の親父の最高傑作です。
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いつもの長浜海岸です。はるかシベリアまで1羽づつそれとも集団で休みなく飛んで行ったのか?疲れたら航海中の船を見つけたらマストに止まり疲れをとってまた飛び立つのか?それにしてもあんなに遠いシベリアまで良く帰れるものだと思います。道中、雪が雨がガスがかかる事もあるのにと感心します。親父はコンパスだけでは航行できません。GPSプロッターが必需品です。あの小さな頭の中に超高性能のGPSが仕込まれているのでしょう。完全に親父の負けです。
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これがおじろ鷲です。そういえば昔おじろの海という映画が奥尻で撮影されDVD化されています。主演は仮面ライダーの主演した俳優なのですが名前が出てきません。現在でもたまにTVで見るのですが脳の老化で名前が出てきません。脳に良いサプリメントを買わなくては。来年はもっと良いカメラを手に入れ大鷲がゴッコ(ほてい魚)と採る瞬間を撮る予定です。そういえば以前UPした親子の大鷲、詳しい人に聞いたら大鷲の口ばしが完全に黄色くなるのは7,8年かかDSCN0167_2014032520181846d.jpg
るそうですからこれは4,5歳位ではと言う事でした。左が子供です。口ばしの先がまだ白色で胸の羽根の模様が違います。ここも長浜海岸です。今日のPM2.5はすごい霞みで中国の公害がこんな所までくるとは!困ったものです。

宮津小学校閉校

22日明治23年開校し、1、101人の卒業生を送り出した宮津小学校が昨日閉校式が行なわれました。
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4月からは奥尻小学校として名前を変え奥尻小学校と宮津小学校が統合した新生奥尻小学校として再出発します。
背景には過疎化による生徒の減少があります。宮津小学校は震災後建てられた新しい校舎ですがすぐ近くには自衛隊の第5官舎があり若い隊員が多い為生徒も多いのですが今年の卒業生は4人だけです。
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昨年夏から2教室?を増設した校舎の全景です。統合しても全員で多分50名前後なので現在の複式学級は解消されるのでしょうか?28年度?には奥尻中学校と青苗中学校と奥尻高校が一つになり現高校に中高一貫校が誕生する予定だそうです。一校だけでは団体競技も出来ず本当にかわいそうです。親父の頃は小学校も中学校でも常に2学級で80~90人ぐらいいました。その頃は島の人口も8,000人を超えていたと思います。それにしても最近の人口の減り方を見てると将来に希望が持てなくなります。親父東京から来た観光のお客様との会話の中で過疎化について話をしているとそのお客様東京にも過疎化はあると言っていましたが島とは状況が違います。東京はその過疎の部分を除けば周りは繁栄していますが、島は周りが海なので隔離された国みたいなもので全体が過疎なのです。なにか良い智慧はないものでしょうか?

時空翔

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今日の時空翔です。南西沖地震で亡くなった人と行方不明者198名の名前が周りの壁に刻まれていてあの7月12日このくぼみに太陽が沈むように作られています。
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津波の第一波の高さがこの道路でここの道路を車で逃げた人が全員亡くなりました。
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ここが12.3mの高さで青苗中心街で11.7mですからやはり津波の第一波が一番高かったのでしょう。そして約70m位はなれた場所に青苗灯台につながる道路がありこの道を歩いて逃げた人達が全員助かったとか。
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地震直後この灯台も30度位傾きましたが現在は立て直されています。今日は比較的暖かい日でしたがどこにも人影は見ることがありませんでした。20年間で人口が1,200人も減り現在は2,950人?位過疎がますます減り震災復興ではなくただの復旧工事ではなかったのか?と思うキナンポ親父です。復興は何処へいったのでしょうか?

奥尻港 清運丸

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帰航して後部甲板で網の整理をしている清運丸(9.9t型)型です。日本海の荒波に耐えれるよう前部甲板、後部甲板はFRP型枠で覆われています。6月から11月まではイカ釣り、12月からは鱈網、そして今はえぞめばる、かすぺ漁と1年中操業している奥尻港1番の水揚げを誇るの最新鋭漁船です。奥尻港で最初のバウスラスターを装備した漁船でもあります。今日の水揚げの様子です。
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正式名は(はつめ)と言うそうですがエゾメバルという名で出荷しているそうです。魚を洗う水は船に装備している機械で作った電解水を使用しているそうです。
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ムキカスペです。煮つけが最高ですよね。今年の海水温は例年になく異常で今頃は例年ですと5~6度位なのですが3日前は3度位だったそうです。水温が低い為あらゆる種類の魚が取れないのだそうです。昨年も春先水温が低すぎ魚の岸寄りが遅れそして水温が高くなると急に高くなり岸よりした魚は沖に逃げるようになり磯では釣れなくなります。本当に困ったものです。やはり異常気象が影響しているのかも?この清運丸は 民宿清運丸 も経営しており常に新鮮な魚を食べられるので評判なのですが長期宿泊者は食べ過ぎて太り夜ウーキングしてダイエットしていたお客様もいました。
親父おすすめの民宿です。

原因不明?

UPできていますか?テストです。

アインス宗谷

アブローラ奥尻が年に一度の定期検査でドックに入ったため代船として稚内とサハリンを結ぶアインス宗谷が現在就航しています。ハートランドフエリーでは船ごとに色で分けられておりアインス宗谷は草木の若草色、アブローラ奥尻はブナ林の紅葉色です。P1000321_20140315094650809.jpg
着岸直前の様子でタラップがみえます。稚内とサハリンの時差は約2時間みたいです。
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キナンポ親父と同じくピントが少し?ずれています。
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着岸した後ろの観音山は南西沖地震で山崩れをおこしここで36名の命が亡くなりましたが現在は治山工事が完成しています。地震後山崩れが起き生き埋めになりその後津波が来て3名の方が土砂と共に海に流され泳いで助かったそうです。亡くなる人助かる人何が人生を左右するか本当にわかりません。
ブログトラブルが続きUPできませんでした。これはUPされているでしょうか?原因はキナンポ親父なのでわかりません。


津波の避難路

21年前の南西沖地震後に作られた松江地区の避難路です。
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完成したのは階段の下に確か平成9、10年?完成と書いた白い木柱がありましたので地震後4,5年目で出来たのでしょう。つい最近みたばかりなのにもう記憶が薄れているのはキナンポだからでしょう。案内版の上にはソーラーパネルがついていて案内板を点灯するようになっていますが海岸から20M位しか離れていないので潮風で錆びて機能を果たしていません。この地区はほとんどが錆びています。こうしたソフト面の整備が残念ながら出来ていません。肥満体で途中休みながら上まで上ると島の魚の宝庫室津島が見えマス釣りの船が見えます。
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室津島の灯台も微かに見えます。この島の周囲は周りが岩礁地帯なので航行には気を付けなければなりません。岩場が多いので魚がここに来ると根魚も回遊魚も離れないのです。そのためぶり、まぐろ(めじ)なども回遊魚が釣れるのです。
親父の母港から片道約30分もし行っても釣れなければ時間、油の無駄、躊躇する訳です。避難路で思うのは逃げる場所がある地域は防潮堤を作るより先に避難路を作るのが先ではないか?と考える親父でした。

谷地いも煮会

 親父の住む谷地地区には毎週日曜日ごとに三々五々集まりお昼にいもを煮て食べるいも煮会があります。各自があかずを持ち寄り婆さんの倉庫(通称別荘)に集まり噂話や会話を楽しみ棒引きなどの遊びを楽しむ女性(昔の)集まりです。会話や遊びを楽しみボケ防止にも役立でしょうしいつも同じメンバーが集まる事で他人の変化にも早期にきずくでしょう。
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春にはいもを植え秋の収穫時には沢山取れた時は国保病院や奥尻唯一の特別養護老人ホームおくしり荘に寄付したり各自で教えあいで編み物をして昔ながらの毛糸の手袋や靴下、ハンドたおるなどを作り秋の奥尻町文化祭に出品し販売しているそうです。すべて手作りの作品です。
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毎年文化祭に出品し7年間での収益が20数万円ありすべて奥尻町社旗福祉協議会に寄付しているそうです。立派ですね。キナンポ親父も見習わなくては!細かい手作業することが認知症の予防になっているにかも?今日の日曜日大鷲が良くゴッコを採ると言う海岸を聞き写真を撮りにいくがきょうは大鷲は一羽しか見つからない。まさかもうこの暖気でシベリアへ飛び立ったのか?今日の大鷲。
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