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今日の鱈釣り



今日の宮津沖の根の鱈釣りの様子です。いつもはキナンポ親父ぐらいしかいないのですが陸の方はサメが多く仕掛けがサメによりぶっつぶっつ切られ釣りにならないので皆沖の根に集中しています。今日は友達4軒に送りましたが3キロ位の鱈でも夏の5~6キロの鱈位暴れます。さすが秋の鱈メスを求めて肉食系のようになってます。1匹は腹ペシャでしたが1匹は鮭のように赤く婚姻色になっていました。多分タツが入っているかも。昨日はひさしぶりにぶり釣りに出かけましたが釣果は0でした。ダンブ釣りしていた漁師は10キロぐらいの1本と小さいの5,6本と言っていました。親父もダンブ釣りの仕掛けはあるのですが3時頃おきていかを釣りイケスで生かさなければならないので寝坊の親父には無理です。その上日本シリーズが始まりアンチ巨人の親父は楽天を応援しなければなりませんし飲まねばなりません。野球にかこつけて飲んでいるだけですけど。今日も飲んで応援します。
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アマ無線初代会長の告別式


 今日午前10時から奥尻島AMクラブ初代会長の告別式が神式により地元奥尻で行われました。神官をつかさどりながら息子(故)さんも北海道神宮で宮司をしながら親子二代にわたりアマチュア無線を楽しんでましたが病に倒れてしまいました。ご冥福をお祈りいたします。奥尻AMクラブは20年前あの大震災後に全国のAM局が奥尻のため募金して奥尻島に439.74レピーターを設置していただき、それを運営、管理するため奥尻レピーター管理団体を設立しそのメンバーが中心となり設立したものです。レピーターは島の局はハンディ機があればレピーターを中継して桧山全域函館、青森の局と話す事が出来るすぐれものです。今の携帯がない時代の携帯(免許は必要)みたいなものでした。当時は週1回ロールコールを行い数か月に一度は函館のクラブと訓練をしていましたが現在は残念ながら休眠状態です。この20年のあいだに我らクラブ員もJG8VJB,JG8TUJ、JG8TSW、JG8TUI局とサイレント局が増えさびしい限りです。AM無線を楽しみたい方、興味ある方はキナンポ親父まで。島にはJA8PDI局というすごいアクティブな局がいますよ。

二日間で770キロ

 今回の札幌往復は行きも帰りも苫小牧経由で高速、一般道と交互使用しながら約1万円を高速料金に使用しました。親父は原則高速は使用しませんが今回は時間の制約もあり使用しましたが一般道を走るのがその町の変化、衰退が見られ退屈しないので好きなのです。今回は江差に置いてある自家用車プラッツ、1,000cc、FF,平成13年、スタッドレス車を使用しました。馬力不足のため坂道ではフルスロット状態で高速でも80~100キロ状態と酷な使用状態でしたが帰り熊石で燃料ランプが点滅し乙部で給油すると37.5リッターしか入らずトリップメーターは770キロです。簡単に計算するとL20.5キロすばらしい燃費です。以前レンタカーとして使用していた時は島1周3。5L位で済み利用した大阪のお客様から後日車の名前を教えてくれという電話が来た事があります。年式から行っても最高の燃費ではないかと思います。でも寝不足、飲みすぎ後の運転は疲れます、もう歳でですね。今から43年前今はなき親父から嫁さんと車どっちが欲しいと言われ車と答えオレンジ系のサニークーペを買ってもらい4日間で北海道を一周したことを思い出します。朝8時ころから夜8時頃まで毎日12時間ぐらい運転していましたが疲れもありませんでした。過去は暴走族かと言われそうですが只の走り屋です。あの頃の知床は本当になにもありませんでした、奥尻と同じだと思いましたが今は悲しかな雲泥の差です。そんなんで車の運転が好きで一時はB級ライセンスまで頂きましたが今は軽トラが好きなキナンポ親父です。

二か月ぶりの孫


 22日レンタカーの予約もなく保険関係も一段落し余裕が出来たので急遽札幌のいつもの耳鼻科へ行くことにした。夏の間忙しく札幌まで行く余裕がありませんでしたが薬が切れて2か月もするとまた臭いが感じなくなりました。親父にとって嗅覚は大事でボートの排気臭やオイルもれなどを感じるための大事なもの。8時函館を出発し高速を久しぶりに使い白老の同級生を訪ね苫小牧へ。途中何度も道を間違え時間を浪費するもなんとか孫のもとへ到着。壮希と呼んでもキョトンしているが顔を見ても泣かないがだっこしようとするとやはり泣き出す始末。床におろすとなんと這って逃げようとするではありませんか?聞くとハイハイをして部屋中をハイハイして移動するそうです。なんと成長が速いのでしょう。体重は1キロ増えて9キロ、身長は変わりないそうですからキナンポ親父体型?に。子供は歩き出す頃になるとやせるそうですからあまり心配していませんが。
夜は高校時代の同級生U,F君と共に数年ぶりに薄野へ。夜おそくまで楽しい時間を過ごすことが出来ました。
なんと夜の明るい事、函館本町の比ではありません。昼より煌びやかで別世界に来た感じです。久しぶりにショック?過疎地と都会のギャップを感じました。さすが大都会札幌、北海道は札幌一極集中まちがいなしと感じました。案内してくれたU君F君ありがとうございました。ちなみにキナンポ親父F・・・パブは初めてで初体験でした(笑い)。

栗拾い


 今日の日曜日は今年最後のミニクルーズの29名の予定でしたがあいにくのヤマセで中止になりました。団体の予約は成功する確率は30%の確率でやはり予約が入ると時化るというジンクスは破れませんでした。昨日の釣りは久しぶりの凪で鱈はまた大魚しましたが昨日のような日にクルージングすると多分皆様大満足間違いナシなのですが。時化るのはキナンポ親父が婆さんから ヤマセと馬鹿息子夜騒ぐ といわれいつも怒られていたせいかも?そんな訳で今日は30年ぐらい前に植えた栗林へ栗拾いにでかけました。親父が盗まれたら腹くそ悪いというので奥山の斜面に30本ぐらい3種類を植えました。草刈りや肥料はキナンポ親父がやりましたがただ大きくなれば良いだろうと伸ばしましたらこれが大間違いで植えに伸ばすのではなく横に伸ばすようにするのだそうです。調理師の森には理想的な栗の木があり沢山いががついていました。魚は山からといいN君が元気な頃はいつも調理師の森を手入れしていましたが今調理師の森はその成果が表れています。今年は山の生り物が悪いと皆いいますがやはりいがは沢山ありますが肝心の栗はありません。多分ネズミに取られたのでしょう?今年はネズミが多いといいますから。そういえば20年前もネズミが異常発生していましたね。

今日の鱈つり


 今朝はいつも宮城県からくるお客様と鱈釣りに5時半出港し波があったため6時からいつものポイント105で最初の竿を落とすが喰いつきが悪くポンタラのみ。魚探を見ながら反応を探し反応に乗せるとすぐ良い型が4本喰いつく。波があり二人で釣りができない為お客様優先ですがこのお客様年に二度も島に鱈釣りに来るベテラン。今日の釣果がこれです。やはり秋の鱈、夏の鱈と違い腹がばんばんに張り引きは夏の鱈の二倍もあります。親父の針の結びが悪いのか2本も針が切られる。十時すぎフエリーにクール便に間に合うように帰るが其の後の荷造りに大忙し、クロネコさんに待ってもらいようやく出荷完了。宮城県で鱈を釣るには太平洋に一時間もかけて沖に出るそうです。このお客様親父より大きいYAMAHAの40フイートのボートを所有していたそうですがあの忌まわしい大津波で愛艇をなくしたそうです。やはり釣り好きはやめられない?のか。それに太平洋は福一の不安があるのかも?きょうは親父がいつも鱈を送るハッポー(6キロまで入る)に入らない鱈が3本も。多分8キロ位?
いづれにせよ遠路奥尻まで来たかいがあり良かったです。明日もう一度チャレンジする予定です。なぜかいつも画像が全部見れませんので画像をクリックすると画像が見れます。やはりキナンポ親父です。

お別れ


 昨日塩水浴した鯉は夕方池に戻したときは元気の泳いでいたのですが今朝池へ見に行くと見当たりません。気になり池の隅のくぼみになっている所を見ると腹を上にして身動きしません。婆さんに聞いてみると今朝から一度も見ていないと言います。悪い予感がしましたが婆さんはこれから寺参りがあり午後1時ころ帰るといいますので帰えってからどうするか決めることにしました。途中何度も見に行きましたが同じ状態です。午後一時池の掃除の為に買っておいた胴付き長靴をはき池に入りますが大きい鯉は逃げますがこの鯉は微動だにしません。小さなタモで手元に寄せ大きなタモで救い上げるとやはり身動きしません。新しい胴付き長靴がこんなことに使われるとは!昨日船が欠航せず順調に薬が来ていれば助かったのかもしれないのにとも思いますがこれが寿命と諦めます。これが島の宿命ですから。
全長54センチ、体重3.4キロ、年齢は今鱗を中学校の先生にお願いし調査中です。
合掌

鯉の松かさ病 その2


 今日に度目の塩水浴です。前回の反省を踏まえ100Lの水に50グラムの塩で塩水を作り酸素不足を補うため空気を送る器具をつけ病気の鯉をタモですくい移そうとするが鯉も逃げ回りなかなかタモに入らないが三度目でキャチに成功し塩水に入れると狭い為か気持ちよさそうにおとなしい。が良く見ると鱗の隙間から血が少し流れ化膿しみたい傷跡が数か所ある。おとといネットで松かさ病の薬を注文したが今日は大大時化のため奥尻から江差行の1便のみ。それにしても今日乗船したラサール高校の修学旅行生は可哀そうです。江差までの追い波なので向い波よりは楽ですがそれにしても海に恐怖を感じたのでは?と心配です。未来のエリート達に海の楽しさを感じてまた奥尻に来たいと思わせたかったのですが?JR###のようにまた脱線しましたがキナンポ親父が親不孝をわびる意味でもなんとしてもこの鯉を回復させたいと思います。幸いここ数日は時化模様なのでしっかり看病します。

松かさ病にかかった鯉


家の庭には五匹の大きな鯉がいますが良く見ると鱗が起きているような鯉がいたので早速ネットで調べたら松かさ病のようです。薬は島では手に入らないので大きな衣装箱に水を入れ食塩水を作り薬浴させることにしました。タモで救い上げ衣装箱にいれると不自由そうに泳いでいましたが水を味見したところ塩味がしないというのでさらに50グラムを追加してそのままにしておきました。約1時間ご池に行くと鯉が腹を植えにして浮いているではありませんか!驚いてすぐ池に放すも腹を上にして動かず腹が膨らんだまま。塩分濃度が濃すぎたのか?側には大きな鯉が心配なのか寄り添うようにこの鯉から離れません。もしダメだったら鱗一枚を取り中学校にもっていき顕微鏡(家ではない)で鱗の年輪を調べてもらおうと思っていました。鱗の年輪で何年生きているか分かるという事を聞いたことがありますが本当でしょうか?そんな不謹慎な事を考えているうちにしばらくするとなんときちんと泳ぎだすではありませんか!気のせいか鱗のはねだしが少なくなったような気がします。この画像は塩水浴後の今日の様子です。婆さんの話ではこの鯉がひっくり返ったには朝餌をあたえても夕方まで餌が残っていたそうです。大きな鯉が心配して餌をたべないのだと言ってますが鯉にそのような様子が解かるのかは疑問ですが?それならば変な人間よりましです。明日もういちど塩水浴、こんどはきちんと塩分量を計らなければ。

初めてのぶり釣 ぶりっ子


 今日は昨日急遽かつお竿を船首に1本たて巻き取るタイコを1個つけとりあえず準備を完了し朝6時に出港し宮津弁天に向かうがぶり釣りしている人はゼロ。そういえば最近ぶりの話はあまり聞いていないしフクラギの話もあまり聞いていないが賽の河原に向かう。するとガンケを過ぎる頃から西の風が強くなり目的地は無理なので引き換えししカンタハマ港沖へ、するとここで当たりがありダメ元で巻き上げを開始すらがまだ釣れているか分からないが何かいる感じがするがここでトラブル発生しタイコの締め付けが十分でなくグラグラして巻き上げられない。船速をスローにして締め付け巻き上げるとこのぶりっ子2.5キロフクラギを大きくしたような形でこれならそんなに引かない。結局今朝はこの2本だけで8時半帰港する。やはり昨年のままでは準備が不十分な事を確認するもミニクルージングをしている以上釣り装備を充実させることが出来ず中途半端な状態です。フクラギからぶりに成長途上なのでぶりっ子となずけました。

ミニクルージング


今日行われたミニクルージングの出港に様子です。親父に予約または釣りの予約がはいると必ず時化るというジンクスがあり今年の確率は50%位でかなりの高率で前回九月17日も台風の接近で中止にナリマシタ。クラブツーリズムの主催で(松前本マグロやえぞあわびの踊り食いを食す 神秘の島 奥尻島と最古の古都松前)と言うツアー名で32名のお客様がいらっしゃいました。若い人で45歳最高齢で88歳でほとんどが女性の方で船酔いは?高齢なので持病は?と心配でしたが、昨日の船酔い,風邪気味の方を除いて29名がクルージングを楽しみました。親父の心配は杞憂だったみたいで途中から凪になり2,3,4回目の航海の方ほど喜んでいました。さすが日本に中年、否失礼、熟女の皆さん非常に元気です。多分日本の元気の源かも。綾小路 君麻呂にいじられるのも理解できるような気もしますが皆様ご乗船ありがとうございました。少しでも海の楽しさ味わってください。

今日のぼりぼり


 今日は約束どうりE君に誘われ5時に準備完了したが昨夜の雨のため5時では暗すぎて周囲が見えないため5時半出発。約10分で現場に着くとすぐに斜面を下りるとそこは昨日採った場所のようで取り残しがぽつぽつと点在しさらに横に移動すると画像のようにちょっと適時を過ぎたようなのがびっしりと生えていました。画像にはきのこが映っていませんが多分クリックすると見えると思います。親父ひさしぶりに大魚(?)しました。約三時間で店の買い物籠4個とりました。E君は手籠で4個でやはり山歩きのプロです。山歩きには昔なつかしい手籠がいちばんです、角がなく丸い為抵抗がかかりません。親父ガキのころマカゴにイカをいれ内臓を取り除いたら手籠にイカを入れ海水で洗ってからイカナヤにかけていた子供の頃を思い出します。これが学校へ行く前の仕事でした。皆貧しく生きるのに一生懸命な時代でした。手籠の話から脱線してししまいました。それにしてもこんなに採ったのは多分25年ぶりぐらいです。最高は3人で軽四の規格がまだ今より小さかった頃で軽四の荷台一杯採った記憶があります。それにしても正味2時間半でこんなに採れる事はもうないでしょう。E君に感謝です。

ぼりぼり


すごい量のぼりぼりです。家でバイトしているE君が午後からちょっと暇くださいと言うのでOKすると3時半ごろきてぼりぼりを見てと言うので見ましたらこの量です。手籠一杯もらいましたが山にはまだまだあるそうです。そんな訳で明日5時出発予定です。今度は海ではなく山です。頑張るぞ!四年位まえ木を切った後だそうです。順調なら今日札幌行く予定だったのですが近所で不幸があり急遽帰るはめになりましたがこれなら今日帰っててきてよかったと思います。ぼりぼりは親父の大好物ですから。手籠とは島でむかしから活躍している籠で海でも山でも重宝している手前の籠です。

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