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青苗までのお散歩

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青苗までのお散歩と言っても親父に18キロも歩ける訳もなく、車でのまったりした移動です。青苗に行く途中に山の上に見慣れぬタワー?を見つけ車を止めて写してみました。場所は長浜のカレイ釣りの場所フケ歌の手前で大昔工藤建設の砕石所があった所の山の上です。どうやら松江~赤石間の道路工事中で山の谷間を繋ぐ橋脚を作っているみたいです。親父はじめにこのタワーらしきものをみて直観したのはケーブルでつなぐ橋を作るのか?と思ったのですが違うみたいでした。この橋が完成知れば後は単純な楽な工事みたいなので開通は以外と早いのかもしれません。そして今回の親父の目的はバッテリー式の草刈り機の頼んでいた部品を取りに行くためだったのです。
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じゃ島にもJAが支所がありJA函館奥尻事業所という名前で、農、酪農事業者が高齢化で減少している島の中での経営は非常に大変な事だと思います。昔は農業団体も島で複数あったみたいなのですが今ではJA函館という大きな団体になってしまいました。
奥尻パークゴルフ場も芝に散布する肥料を購入し大変お世話になっているのです。そして親父ネットで購入した草刈り機の調子が悪く直接製造会社に電話し部品を頼んだのですが、会社のほうではJA函館の奥尻事業所に直接注文してくださいといい部品番号まで教えてくれたのです。繫ぎ組手という部品なのですがJAに注文を入れるとすぐに入荷しその部品を奥尻事業所に取りに行く為の青苗行だったのです。そして交換すると順調に動作しますが、さっそく栗の木の下の草刈りを始めますが草刈りが終わる頃にはまた以前と同じ状態になってしまいます。親父の推理では電源コードの接続に問題があるようです。親父電池式の草刈り機を購入した理由は仕組みが簡単なので故障が少ない、軽量であるが購入理由なのですがこれでは使い物になりません。機械式も持っているのですが親父の体調では負担がかかり短時間でも無理なのです。本当に情けなくなります。そして帰路は?
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青苗の岬方面にある{ 陽だまり } に寄り道します。以前孫と青苗に来た時にテイクアウトしたソフトクリームが美味しかったのです。それも格安の250円ながらミルクの味が濃厚で250円とは驚きに値段です。
P1020221_01.jpgいうちに車内で頂ますが普段は甘いものNGな親父が美味しいと一tも信憑性はゼロですが、いつも函館や北見でソフトクリームを食べている家内と孫が言うのですから間違いはないでしょう。?牧場のソフトクリームより函館に人気店K?よりおいしいともうしておりましたのでお試しください。
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そして親父がいつもお世話になっているキモト釣具店です。脳梗塞の後遺症で細かい指作業が出来なくなった親父は針を結ぶ作業にも難儀になりキモト釣り具店主にお願いし作ってもらいさらに仕掛け全般も作ってもらいそのまま使用しているのです。その上大物が釣れた場合の対処方法から南部方面の釣り情報をおしえてもらい釣りを楽しんでいるのです。本業は理容院ですが趣味がこうじて釣り具店も開業し最近では青苗地区の新聞販売店も営業するなど超多忙な毎日ですが、それでも毎日釣りに出かけるなど親父の釣りの師匠Hさんと同じ超超多忙なお方です。
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そして島での観光客に絶大な人気を誇る食堂 {潮騒 }です。昨日12日で島の天然のウニ捕りは終わりましたがまだ養殖のウニはまだ食べる事ができるみたいです。ここでの名物はウニ丼ではなくウニ定食で価格はなんと3,000円です。いぜん親父会社の支店長を昼食に案内したのですがその定食の値段と内容に驚いていました。函館でも積丹、小樽なら尚更あり得ない値段でありえないと絶賛していましたので間違いないでしょう。皆さんも観光でも仕事でも島を訪れたならご賞味ください。

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孫帰る!

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数年ぶりに帰省した孫が三泊四日の島滞在を終え北見へ帰りました。孫たちと必死に全力で遊び親父は疲労の限界で体はアザだらけで体中の筋肉は硬直し毎日一時間の昼寝を欠かす事はありませんでした。その一時間の昼寝も目覚めるのを階下で今起きるか?と階段の下で待ち構えているのですから、親父人生で最高の一番のモテ期が到来したみたいです。それも子供の成長と共に相手にされなくなるのでしょうけどね。期間中天候に恵まれなかったのですけれども、幸い閉店した店舗の大きな空間がありますのでそこでの鬼ごっこは親父の肉体の限界を示すものでした。三歳の孫に追いつき追い越されしている内に艦隊に三歳児に追いつかれ逃げる事が出来ないのです。追いつめても簡単に逃げられ親父は壁に激突し体中アザだらけでその上筋肉痛です。図らずも親父の肉体能力は三歳児以下という事が判明したのです。そして最終日は焼き肉の後お化け大会と花火をしようと企画し、最近のお化けをイメージしようとPCで検索し拡大印刷しようとすると拡大印刷が親父の技量では悪戦苦闘しても出来ないのです。それを見ていた4年生の長男はちょっとPCを貸してと言い、いとも簡単に拡大印刷してしまうのです。今は4年生でも一人一人タブレットが与えられPCの授業もあるみたいで、親父のようにすべてを独学で試行錯誤しながら学んできた世代とは違います。
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そして島滞在二日目は島の豊かな自然観察です。親父の所有の二番目の良いカメラを貸して撮影会ですが長男はカメラに興味あるみたいでバシャバシャ連写ですが、親父が初めてカメラに触れたのはフィルム式ですので連写などは出来ずベストショットを狙うのみなのです。デジカメは経済性を考えないで連写できるので優れていますよね。そして長男は虫よけスプレーを露出した肌に万遍無く吹きかけ自然観察に参加したのですが、6か所も蚊に刺され、親父はなにも防備しないのに蚊の刺されてのは一か所のみです。帰宅して長男の母親の一言は親父の血は汚れていて美味しくないが、長男のは血がきれいで美味しいから蚊にさされるのだと長男を慰めていてここでも親父は撃沈です。そして親父はここで写した画像は学校の先生にみせてもダメだよと言い機密性を高め貴重な花である事を強調するのです。
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そしてついに悲しい別れの日がやってきました。フエリーは通常20分前から乗船が始まるのですが出港するまでの20分間フエリーの窓際に立ち別れを惜しんでくれました。家内は出港するフエリーを追い岸壁の端まで走り孫が見えなくなるまで手を振っていましたが、涙もろい親父は動画を取るふりして涙を見せませんでした。肉体的に精神的に孫ロスは長引きそうです。そして今朝二時過ぎ長男が夢の中に出現しお爺ちゃん汗をかいているからシャツを着替えなさいという声で目覚めると汗をかいているではありませんか。家内に今朝の出来事を話すとなにを寝ぼけているの!と一喝されまた親父撃沈です。孫にそして家内に撃沈され親父の孫ロスは長引きそうです。残るは大物を釣り上げて孫ロスを解消する以外方法はないみたいですね。

函館ぶらり旅

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親父、医師の言葉にショックをうけ病院受診の当日は撃沈モードで何もする気力が生じず、翌日ようやく家内を連れ函館散策としゃれこみました。これは函館丸と言い日本人船大工が初めて製作した洋式帆船だそうで日本人船大工の優秀さを示すものでしょう。いままでの和式船舶とは全く発想からして違いますのでその苦労は並大抵のものではなかったでしょう。日本は鎖国状態だったので新しい技術は入ってこなかったでしょうし、それまでの日本の大型船といえば北前船ぐらいでそれも大きさからロープの太さ,錨のおおきさまで幕府によって決められていたのですから。ちなみに親父の家の前に鎮座している北前船の錨はこれが最大サイズで北前船の錨の大きさも5種類と決められているそうです。海、船好きな親父はどうしても自分の興味を最優先する自己中な人間なのかもしれません。体が健康な内に各地の北前船の寄港地を巡ってみたい親父です。なかでも最も行きたいのが青森の深浦で時化の為蝦夷地への日和待ちの為錨泊していた船員に恋した遊女が、出帆する船員を追って腰まで海に入って船員を追うといういかにも出来た話なのですが単純な親父はこうした話に単純に感動するのです。
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そして次の親父の癒し場はまたまた船で青函フエリーターミナルに係留されているなっちゃんワールドです。初代なっちゃんレラの二番船でターミナル埠頭に係留されたままで寂しそうです。岸壁にハート型のモニュメントと合わせて写してみましたが親父の年代になると、ハートの中に写り込もうなんて気力もわきません。親父なっちゃんレナ運航初日に函館から乗船しその帰りのなっちゃんレナで往復し青森滞在40分?という弾丸ツアーをした帰国があります。津軽海峡は高速で快適な旅だったのですが陸奥湾にさしかかると大きく揺れ、双胴船でもやはり揺れるのだなあと感じた覚えがあります。なっちゃんレラ、ワールドも船体はアルミ合金製で軽量化が図られていますがたまに自衛隊の演習時には輸送船として利用されているみたいなのですが、自衛隊専用船とするには問題もあるみたいなのです。アルミ合金は高温では燃えるみたいなので敵の攻撃には万が一の場合は不利なのだそうですが、ただ係留しておくだけより後方での輸送業務に従事させたほうが有効利用だと思うのですが?陸自の中に海上輸送部隊を作るなんて議論があると新聞で読んだ記憶がありますがまるで戦前の陸軍と海軍の対立みたいで時代錯誤もはなはだしいしいと思う親父でした。
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そして親父が次に向かったのはマリーナで最悪の場合に備え係留場所の空き状況を確認したかったのですが、問い合わせるまでもなく函館はどこでも満杯状態だそうです。やはり海洋都市函館を彷彿させてくれます。また各種類の魚も釣れているそうで人気は高いようです。家内サービスとは名ばかりでやはり親父の好きな海関連しか巡らず自己中な親父でした。

荒れる山

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親父がまだ健常者だった10年位前、終戦後に植えられた杉林が適齢期?を迎えたにもかかわらず現在とは違い木材価格低迷の為まったく販売の見立たず荒れ放題になっていました。そのころ登場したのが森林の二酸化炭素を吸収する森林に着目して実施されたのが、荒れた杉林を列状間伐し杉林の中に太陽の日の光を当て杉の生育を促し、その列状間伐で生じた木材を販売しその為の必要経費を賄うと言う優れた政策だったのです。そして親父は毎年少しずつ法隆寺にも使用されているという病害虫に強いと言う青森ヒバを列状間伐した後に植林したのです。しかし植林した50cm程の青森ヒバの成長は遅く現在でも日当たりの良い所で2m程で平均すると1.5m程でしょうか。その為毎年青森ヒバが雑草に負けないように育つまで毎年下刈りをしなければならないのです。しかし病気の為健常者ではなくなった親父は笹、雑草の生い茂った山林は歩く事が出来ず人にお願いしていたのです。所が昨年からは再び海釣りに夢中になり山林の下刈りを失念し山へも行かなくなったのです。所が最近の体力の衰えにより休業する事の多くなった親父は山へ行くことを思いつき、久しぶりに山へ行った所、私有林道の荒廃に驚く事になるのです。
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かの悪名高い事で有名なキナンポ土木施工の排水管の小枝や枯れ葉が入口を塞ぎ、その上を大雨で貯まった水が流れた為路面の砂利が流れてしまい車の通行に支障が出る状態にまでなっていたのです。小まめに山に行き小枝や枯れ葉を取り除いていればこうした事は防げていたはずなので完全な親父の怠慢ですが、親父の性格として一つの事に集中すると他の事に目が行かなくなるという欠陥があるのです。職人肌の集中型かと言えばその反対で何でも中途半端な適当型で要するにチャランポンな人間なのです。
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そして小枝や枯れ葉をそして山砂を取り除いた入り口の様子ですがここにキナンポ土木特許申請中の小枝、枯れ葉の防止装置が取り付けられています。がその内容は杭を二本打ち込んであるだけでの超簡単なものだけですが、親父はこれでも排水管詰まりを防ぐ重要な要素だと思っているのです。しかし親父は山砂が多く詰まっているのが不思議でならないのです。小さな小川は山間をちょろちょろ流れる程度で上流は火山灰の上に堆積した薄い腐葉土の上に雑木林が茂っているだけで山砂はどこから出てくるのでしょうか?この小さな小川にも砂防ダムらしきものを作らねばならないのでしょうか?以前親父は厚沢部町の鶉ダムをまねて大き目の石を並べ砂を食い止めようとした事があったのですが石を何層にも積み重ねなければ効果は表れず試みは失敗に終わりました。
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そして排水口からは水が流れていますので作業は無事成功したみたいです。しかしこの後流れた砂利を入れたり整地をしたりと厳しい作業が真夏を迎える八月に待ち受けています。涼しくなる秋以降にすれば良いと言うのですがやるときめたらすぐにやらなければならないのが親父の性格で、やはり欠陥人間なのかもしれませんね。

ヤマセの風

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島の海象を表す言葉としてアイ(北風)の朝凪、下り(南風)の夜凪、ヤマセ(東または南東の風)とバカ息子夜騒ぐ、という諺があるのですがまた本当である事を実感できました。この言葉は親父が若い頃母親からいつも皮肉交じりに言われた言葉なのですが、低気圧が秋田沖に来た時にヤマセの強風が吹き荒れるのです。この度もそのとうりなのですが夜に強風が吹き、趣味のアマチュア無線のHF帯のV型アンテナの一本が折れてしまったのです。この撮影時は翌日の朝方で強風が収まった時なのです。今年春に上げたばかりの中古のアンテナ(友人から譲り受けた)なのですが、暇をみては狸する(傍受)するだけでまだ一局ともHF帯では交信していないのですが7Mhzや親父の好きな21Mhzでの交信を楽しみにしていたのです。
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下に垂れ下がったのがアンテナの一部なのですが親父はこれからが孫が遊びに来たり友人が島を訪れるなど親父のハイシーズンなのです。その上釣りもハイシーズンなので超多忙なのです。仕事が現役の頃は皆さん親父が忙しい事を理解しているので、遠慮していたみたいなのですが無職の今でもそれなりに忙しいのです。それに高齢になった母親の存在もあり、我々の年代はどこの家庭も同じような悩みを抱えているみたいです。親父が無線を楽しんでいた頃は7Mhz帯はバンド内は密集状態で親父はCQの応答専門だったのですが21MJhz帯はその日の伝搬状態により近距離の交信が出来たりオケラネットのように海外で出かけているヨット仲間の交信周波数帯があったり傍受するだけでも楽しいものでした。ましてや海、船好きの親父にとっては最高の楽しみでした。今でも発行されているのか不明?ですが(舵)を読み俺もいつかはヨットで日本一周する夢を思い描いていた青春だったのです。現実は仕事が忙しく風まかせのヨットは忙しい親父には無理で時間を予定出来るボートのにに、その上釣りで釣果があれば獲物も獲得できるボートの方に進む事になるのです。
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そして強風の中でも安全な奥尻港も舫う我が愛艇(海響)ですがこうした安全な場所に係船できて親父は安心しきっているのです。以前は大時化時は必ず異常がないか見回りに出かけていたのですが最近は安心して見回りをサボっているのです。己の肉体的限界を認識できたのかもしれません。船体は手入れをすれば性能は維持できまますが肉体は若さを取り戻す事は出来ません。でも精一杯残されたボート人生を楽しみますがもうアマチュア無線のアンテナを上げる気力は残念ながら失せてしまいました。

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